リヒャルト・シュトラウス:楽劇「サロメ」より7つのヴェールの踊り
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1962年11月15日録音
Richard Strauss:Dance of Seven Veils - from Salome
危ない話・・・です。
サロメの物語は新約聖書の中の小さなエピソードとして記載されていたものです。ところが、その小さなエピソードをオスカー・ワイルドが「危ない話」へと仕立て直して一幕の劇とすることですっかり有名になってしまいました。
戯曲の方はまずは文学作品として有名となったのですが、実際に舞台で上演するまでには当時のヨーロッパの保守的な風土が邪魔をしてかなりの紆余曲折があったようです。戯曲が書かれたのが1891年、すったもんだの末の初演が1896年だったそうです。
そして、リヒャルト・シュトラウスがこの戯曲に興味を持ってオペラの作曲を思いついたのは1903年だったと言われています。
さすがにこの時期になると「サロメ」の評価は定着し、ヨーロッパの多くの劇場で上演されるようになり、シュトラウスのオペラもドレスデンの初演では大成功を収め、38回のカーテンコールがあったと記録されています。この時、サロメ役に決まっていた歌手が7枚のヴェールの踊りで本当にストリップを演じなければいけないことに難色を示して交代したことは有名な話ですが、果たして初演ではどこまで脱いだのかは残念ながら不明です。
しかしながら、この初演の大成功(?)の噂はたちまちヨーロッパ中に広まり、あっという間にヨーロッパの歌劇場の定番レパートリーとして定着していったのですから、やはり男とはそういう物のようです。
ただし、勘違いのないようにしてほしいのは、このオペラは決して「7枚のヴェールの踊り」だけが売りの際物ではありません。
シュトラウスはサロメの舞台を始めて見たときに「この劇は音楽を求めている」と直感したと語っています。ですから、オペラ「サロメ」は文学作品としての「サロメ」に大きな変更を加えることなく、まさにその劇が求めている音楽だけを追加した一編の音楽劇へと変身させたものとなっています。
ただし、その音楽は彼のお得意だった一連の「交響詩」と同じ大規模なオーケストラによって演奏されるのですから、ワイルドの作品の中に込められた「危なさ」はよりいっそう際だっています。
ドイツではこういうスタイルのオペラを「文学オペラ」と呼ぶようになり、その後は「ヴォツェック」ヤ「ルル」へと引き継がれていくようになります。
その意味でも、歴史的に極めて大きな意味を持った作品だったと言えます。
また、このオペラの一番の聞きもの(見もの?)である「7枚のヴェールの踊り」は独立したオーケストラピースとしても良く演奏されます。静かに始まった舞曲が最後は何かにとりつかれたような狂気の世界へと駆け上がっていく様は見事というか危ないというか、まさにシュトラウスの並外れた腕前を見せつけられます。
オーマンディだけが成し遂げた世界
オーマンディという人はほとんどオペラを振らなかったようです。記録によると、メトで「こうもり」を振っているみたいですが(1950年から53年にかけて15回)、それ以外となると見あたりません。
この記録に気がついて、ストラヴィンスキーがオーマンディの事を「ヨハン・シュトラウスの理想的指揮者」と鼻であしらったというエピソードを思い出しました。(ショーンバーグ著:偉大な指揮者たち)やはり。この世界でオペラを振らない指揮者というのは一段低くみられるようです。
確かに、ジョージ・セルもタンホイザーの上演でトラブルを引き起こし、それがきっかけとなってオペラの指揮からは身を引きました(オペラほど忌まわしいものはない!!)。しかし、それ以降もザルツブルグの音楽祭などではオペラの指揮を引き受けていますし、何よりも、若い頃からの実績によっていかにすぐれたオペラ指揮者であるかを十二分に証明していました。
そう思ってストラヴィンスキーの嫌みを聞くと、なかなか痛いところを的確についています。
なるほど、オーマンディって、オペラをふれなかったんだ!!
ところがなのです。
何気なく、リヒャルト・シュトラウスの「薔薇の騎士」組曲を聴いてみたのです。
まさに「薔薇の騎士」のダイジェスト版、その語り口の上手さに驚かされました。さらに言えば、管弦楽法の大家であるシュトラウスの凄さを余すところなく描き出したコンサート指揮者としての資質の高さが尋常ではないのです。そして、よく言われるゴージャスな「フィラデルフィア・サウンド」が演奏全体を華やかなものにしています。
ただし、この「フィラデルフィア・サウンド」を言う言葉には注意が必要なことにも気づかされました。
この言葉と、吉田秀和の「文化のキーパー」という言葉が相まって、オーマンディの音にはどこか寝そべっているという誤解を招いてしまった雰囲気があるのです。
しかし、ここで聞くことのできるフィラデルフィア・サウンドの切れの良さには驚かされます。音楽は雄大に流れていくのですが、驚くほどに引き締まって切れがあるのです。
そう思って、それ以外のシュトラウスの交響詩を聴いてみると、どれもこれも華やかでありながら音楽は決して寝そべってはいないのです。まさに完璧なアンサンブルによってシュトラウスの精緻なスコアが描き出されます。
シュトラウスの交響詩というのは基本的にはオーケストラによるオペラです。そこでは、ドラマが音だけによって展開されていく世界なのですが、その語り口の上手さには驚かされます。そして、その語り口というのは小難しいことなどは一切表に出さず、常に明るく分かりやすくお話を聞かせてくれるのです。
なるほど、こういう風にお話を聞かせてくれる指揮者って他にはいないよね、と思ってみれば、これこそはオーマンディだけが成し遂げた世界であることに気づかされるのです。ですから、何度も繰り返しますが、そこにセルのような古典的透明性がないとか、フルトヴェングラーのような暗さがない(?)と言って批判するのは、肉屋に行って野菜がおいてないと言って文句を言うのと同じくらいに愚かなのです。
それにしても、セルやライナーやトスカニーニやフルトヴェングラー(これ以上数え上げても仕方がない^^;)の個性は認めても、オーマンディの個性と独自性には駄目出しをするというのは、考えてみれば不思議な話です。そして、それ以上に不思議なのは、これほど見事にドラマを語れるのに、どうしてもっと積極的にオペラを指揮しなかったのかと言うことです。
もっとも、それもまた、オーマンディの個性と独自性として受け入れるしかないのでしょうね。
よせられたコメント
2022-10-05:小林正樹
- ウィーンの国立歌劇場の立見席へ足蹴く通っていたころに感じた感想。
この出し物になると(この場面)急におっさん風の金持ち然とした紳士が双眼鏡を片手に、それまではいなかったくせに(多分上のバーで飲んでたと思われるが・・)急に指定席に戻ってきて覗き込んでいたなぁ。
でもベーレンスのサロメが見れたのは幸いでした。棒は確かラインスドルフだったか?ウイーンフィルがうめえんだ、ほんと!書割がまたしゃれていたねアールヌーヴォー風でね。
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