クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:交響曲第7番 イ長調 作品92

ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団 1961年4月15日録音





Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [1.Poco Sostenuto; Vivace]

Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [2.Allegretto]

Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [3.Presto; Assai Meno Presto; Presto]

Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [4.Allegro Con Brio]


深くて、高い後期の世界への入り口

「不滅の恋人」は「アマデウス」と比べるとそれほど話題にもなりませんでしたし、映画の出来そのものもいささか落ちると言わなければなりません。しかし、いくつか印象的な場面もあります。(ユング君が特に気に入ったのは、クロイツェル・ソナタの効果的な使い方です。ユング君はこの曲が余りよく分からなかったのですが、この映画を見てすっかりお気に入りの曲になりました。これだけでも、映画を見た値打ちがあるというものです。)

それにしても、「アマデウス」でえがかれたモーツァルトもひどかったが、「不滅の恋人」でえがかれたベートーベンはそれに輪をかけたひどさでした。
第9で、「人類みな兄弟!!」と歌いあげた人間とは思えないほどに、「自分勝手」で「傲慢」、そしてどうしようもないほどの「エキセントリック」な人間としてえがかれていました。一部では、あまりにもひどすぎると言う声もあったようですが、ユング君は実像はもっとひどかったのではないかと思っています。

偉大な音楽家達というものは、その伝記を調べてみるとはっきり言って「人格破綻者」の集まりです。その人格破綻者の群の中でも、とびきりの破綻者がモーツァルトとベートーベンです。
最晩年のぼろ屑のような格好でお疾呼を垂れ流して地面にうずくまるベートーベンの姿は、そのような人格破綻者のなれの果てをえがいて見事なものでした。

不幸と幸せを足すとちょうど零になるのが人生だと言った人がいました。これを才能にあてはめると、何か偉大なものを生み出す人は、どこかで多くのものを犠牲にする必要があるのかもしれません。

この交響曲の第7番は、傑作の森と言われる実り豊かな中期の時期をくぐりぬけ、深刻なスランプに陥ったベートーベンが、その壁を突き破って、後期の重要な作品を生み出していく入り口にたたずむ作品です。
ここでは、単純きわまるリズム動機をもとに、かくも偉大なシンフォニーを構築するという離れ業を演じています。(この課題に対するもう一つの回答が第8交響曲です。)

特にこの第2楽章はその特徴のあるリズムの推進力によって、一つの楽章が生成発展してさまをまざまざと見せつけてくれます。
この楽章を「舞踏の祝祭」と呼んだのはワーグナーですが、やはり大したものです。

そしてベートーベンはこれ以後、凡人には伺うこともできないような「深くて」「高い」後期の世界へと分け入っていくことになります。

ソ連を始めて訪問した西側オーケストラの貴重な記録


「冷戦」という言葉も今では「歴史上の用語」のようになってしまった感がありますが、東西の対立が厳しかった時代には「鉄のカーテン」と言われるほどにお互いの交流は閉ざされていました。
ですから、イッセルシュテット率いる北ドイツ放送交響楽団が1961年にソ連を訪問してモスクワとレニングラード(当時)で演奏会を行ったのは、西側の管弦楽団としては初めてだったと聞くと軽い驚きを覚えます。

なぜならば、ソ連のオーケストラとしては1956年にムラヴィンスキーに率いられたレニングラードフィルが西側諸国を訪れて演奏会を行っていたからです。
1953年にスターリンが亡くなると「雪解け」と言うことが言われるようになり、その流れの中でレニングラードフィルが西側諸国に姿を現したのです。
しかし、それとは逆に西側のオーケストラがソ連を訪れるにはさらに5年の歳月が必要だったと言う事実に驚きを覚えるのです。

確かに、客としてよその家を訪れるよりは、我が家に客を招く方が敷居は高いものです。
取りあえずは玄関の前などを掃除したり、いつもはテーブルの上に出しっぱなしになっているものを片付けたり、さらにはそのテーブルをふきんで拭いてみたりと、何かと大変なものです。

幸いなことに、イッセルシュテット率いる北ドイツ放送交響楽団による初めてのソ連訪問時の演奏会の様子が録音として残っています。
私の手もとにあるのは、ベートーベンの7番とバッハのブランデンブルグ協奏曲の第2番です。

面白いのはこの2曲の雰囲気が随分と異なることです。

特に、いつものライブのイッセルシュテットとは雰囲気が違うなと思うのはベートーベンの方で、そこではいつになく強い緊張感が漂っています。
この演奏会がモスクワとレニングラードのどちらで行われたものかまでは分かりませんでしたが、確かに、レニングラードでの演奏会だとすればその緊張感は半端じゃなかったはずです。

何しろ、レニングラードフィルは56年と60年のヨーロッパ訪問で圧倒的な名演を聞かせていたからです。
そのレニングラードフィルの本拠地での演奏会ともなれば、意気込みも含めて強い緊張感を以て演奏会にのぞんだであろう事は容易に察しがつきます。(もっとも、これがモスクワでの演奏会の可能性もあるのですが・・・)

ですから、いつものイッセルシュテットはライブではけっこう直線的でアグレッシブな演奏を聞かせるのですが、ここではかなり遅めのテンポで悠然と一歩一歩踏みしめるようにベートーベンを造形していきます。そして、クレンペラーを思わせるようなインテンポを貫くので、なるほど、ここでは純ドイツ風の巨大な構築物としてのベートーベンを指向しているんだなと気づかされるのです。

ただ、惜しむらくは、録音のクオリティがあまりよろしくないのです。
それは、61年録音なのにモノラルというだけの話ではなくて、なんだか壁を一枚隔てて聞いているような冴えない音なのです。ですから、正直言って、イッセルシュテットの狙いが上手く実現しているのかどうかは、この録音だけではよく分からないのです。

それと比べれば、バッハのブランデンブルグ協奏曲の方は勢いに満ちた直線的な演奏であり、いささかの荒っぽさも含めて(独奏楽器はあちこちで派手に音を外しています)、このコンビらしいライブの姿がよくあらわれています。

また、同じモノラル録音でも、こちらのバッハのブランデンブルグ協奏曲の方はかなり録音状態が良好です。
おそらく、メロディアの録音陣も勘所をつかんだのでしょう。
そう考えると、この録音はソ連訪問の後半の方ではないかと推察できます。

録音クレジットには1961年録音としか記されていないので、ベートーベンとの前後関係は確定できないのですが、この録音が先に行われて、その後にベートーベンとは考えにくいほどのクオリティの差があります。
どちらにして、このような貴重な記録が残っていたことは有り難い話です。

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