モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 k.550
カール・シューリヒト指揮 パリ・オペラ座管弦楽団 1964年6月録音(?)
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [1.Molto Allegro]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [2.Andante]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [3.Menuetto]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [4.Allegro assai]
これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。
モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。
そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。
完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。
有名な「プラハ」の録音と較べるといささか微温的で、淡々と始まって淡々と終わってしまう感じでしょうか。
今さら何も付け加える必要もない名盤です。
ただし、その「名盤」という評価は宇野功芳氏の独特な価値観に基づく絶賛を基盤としているため、異論があることも事実です。
実際、私などはどうしても好きになれない物言いなので、彼が褒めているものは何となく遠慮してしまうことが多かったのですが、それでも亡くなってしまうと、その価値判断のはっきりとした分かりやすい物言いは他に変わるものがないことに気づかされて、幾ばくかの喪失感は感じたモノでした。
ただし、このシューリヒトのプラハは昔からよく聞いていた演奏でした。
それを今までアップしなかったのは、初出年がどうしても確定できなかったからでした。
さらに言えば、このシューリヒトとパリ・ペラ座のオケによるモーツァルトは初出年どころか、録音データさえもかなり怪しくて、いかに蔑ろにされてきたかが分かろうかという代物だったのです。
例えば、「Scribendum」からリリースされているコンサート・ホールの復刻盤には以下のデータがクレジットされています。
交響曲第38番 k.504 ニ長調:1963年6月録音
交響曲第40番 k.550 ト短調:1964年6月録音
交響曲第41番 k.551 ハ長調:1963年6月録音
ところが、これがかなり怪しい。
タワーレコードからの復刻盤では「プラハ」のデータは同じなのですが、40番と41番に関してはオリジナル盤にデータ記載がないとした上で、疑問符をつける形で1964年6月の録音としています。
ところが、
「Discogs」 というサイトで調べてみると、40番は36番「リンツ」とのカップリングで1963年にリリースされているというデータが存在します。
Wolfgang Amadeus Mozart, Orchestra Of The Paris Opera*, Carl Schuricht ?? Symphony No.40 In G Minor, Symphony No.36 In C Major "Linz"
そして、こちらの方は「Concert Hall AM 2258」「Concert Hall SMSC 2258」「Guilde Internationale Du Disque M-2258」という3枚のLPが1963年にリリースされているというかなり詳細なデータが記載されていますので、雰囲気としてはこれが最も信頼性が高いように思われます。
残念ながら、このサイトにはリリースされた年は記載されていても録音年に関するデータは記載されていません。しかし、1964年に録音した40番を63年にリリースすることは絶対に不可能ですから、おそらくはカップリングされている「リンツ」と同時に録音されたと見るのが妥当でしょう。
そうなると40番は1961年11月の録音と言うことになります。
ただし、36番「リンツ」と40番が同じ時期に録音されたと言うことになると、その演奏のテイストがあまりにも違うので、いささか戸惑ってしまいます。
この一連のモーツァルト録音の中では40番はよく言えば枯れた演奏、有り体に言えば最も微温的な演奏になっています。
それに反して、リンツの方はとんでもないテンポで走っていく尖った演奏です。この対照的な演奏が日を置かずして録音されたというのはどうしても腑に落ちません。
演奏スタイルから考えれば、リンツが最も煽り立てていて、プラハがそれに次ぎます。
そして、最後のト短調とハ長調のシンフォニーが最も常識的な範囲に収まっていますから、タワーレコードが推定しているデータが最も妥当だと言えます。おそらく、タワレコの担当者もその様なことを根拠しながら疑問符付きながら以下のように確定したのでしょう。
交響曲第36番 k.425 ハ長調:1961年11月録音
交響曲第38番 k.504 ニ長調:1963年6月録音
交響曲第40番 k.550 ト短調:1964年6月録音
交響曲第41番 k.551 ハ長調:1964年6月録音
ただし、初出年のデータの信頼性がかなり高いので、そうなると「リンツ」ではやり過ぎだと思って、シューリヒトも録音スタッフも「揺れ戻し」が来て40番では微温的になったという可能性も否定できません。
そうなると、録音データは以下のようになる可能性が高いです。
交響曲第36番 k.425 ハ長調:1961年11月録音
交響曲第38番 k.504 ニ長調:1963年6月録音
交響曲第40番 k.550 ト短調:1961年11月録音
交響曲第41番 k.551 ハ長調:1964年6月録音
これはどの復刻盤にも記載されていないデータなのですが、個人的にはこれが最も納得がいくものです。
シューリヒトの信奉者にとっては心外でしょうが、Deccaのカルショーは50年代の末にウィーンフィルとシューリヒトの組み合わせでシューベルトの「未完成」を録音したときに、「彼は11通りのテンポ設定で未完成を演奏した」と嫌みを書いています。
少なくとも、当時のシューリヒトはその日の体調や精神状態によってテンポ設定にはかなりの幅が生じていたことは否定しようがなかったようです。
ただし、そういうなかで、確かにプラハだけは奇蹟のバランスの上に成り立っていることは事実です。
この一連のモーツァルト録音を聞いていて己のボンヤリ加減に気づいたのですが、シューリヒトという人は基本的に1stヴァイオリンと2ndヴァイオリンを対向配置で演奏させる人だったのですね。
シューベルトの「グレイト」を聞いたときにその事に気づいて、それはこの作品の持つ構造をより分かりやすく立体的に浮き彫りにさせるために、この時だけに限ってわざわざその様なしんどいことをやっていると思っていました。
でも、このモーツァルトでは全て対向配置で演奏させていますし、それ以外にも、例えばシューマンの「ライン」なども同じように対向配置で演奏してると思われます。
そう思えば、シューリヒトという人は基本は「理」の人だったのです。
ですから、複雑さの極みに成り立っている「プラハ」のような作品だと俄然やる気が出て、素晴らしい疾走感の中でその精緻な構造を見事に浮き彫りにしています。
さらに言えば、いつもなら少しは気になる響きの薄さがこういう作品だとそれほど気になりませんし、いささかがさつなところのあるオペラ座のアンサンブルも「怪我の功名」でその薄味を緩和するために役立っています。
ただ、驚くのは、そう言うアンサンブル的にいささか問題がありながらも、それでもこの複雑な構造を持つシンフォニーの仕組みが浮かび上がるようにシューリヒトがオケをコントロールしきっていることです。
そして、これとほぼ同じ事がジュピターの最終楽章にもあてはまるような気がします。
そこまではいささか淡々と音楽が進むのですが、「フーガ」という「理」に基づく音楽になると途端にやる気が出てくるという雰囲気です。
ですから、40番のト短調シンフォニーのような音楽だと、なかなかやる気になる場面がないので、結局は淡々と始まって淡々と終わってしまっています。
そこで、話がまた最初に戻るのですが、このシューリヒトのモーツァルトの録音が日本ではじめてリリースされたのは1980年だったという事実は思い出しておくべきでしょう。
随分と長い間無視されていたわけであって、その長い無視によって録音データさえも定かでなくなってしまっていたのです。
そして、その様な無視されていた録音を見つけ出し、救い出してきた宇野氏の功績は正しく評価すべきでしょう。
もちろん、「罪」の部分が皆無とは言いませんが、それでも、シューリヒト、クナッパーツブッシュ、そして朝比奈などは宇野氏がいなければ今ごろは忘却の彼方に消えていたことでしょうから、そう言う「功績」はきちんと評価する必要があると思います。
よせられたコメント 2017-10-23:せいの 38番「プラハ」に続いて聴かせていただきました。ありがとうございます。
プラハ以上に「耳にたこ」ができるほど接することの多いこの曲がなんと新鮮に響くことでしょう。中低音に起伏と変化をもたせることで全体の色彩感を出しているのがこの演奏の特色でしょうか。それが作為的に聴こえないのはシューリヒトのセンスの良さなのかもしれませんね。それから、もしかしたらオーケストラの精度の問題から生じる怪我の功名かもしれませんが、高音と低音や対旋律が微妙にずれるところが往年の名ピアニストがやっていた、右手と左手を微妙にずらして曲に立体感を持たせることと重なって、表情を豊かにしているように思いました。
また、メヌエット楽章が快速で、スケルツォ楽章のように響いて新鮮で、新しい曲を聴いているようで、それでいて、不自然さを感じさせないところにも感銘を受けました。
シューリヒト・パリオペラ座管のこの2曲を聴いて、ピアニストのリリー・クラウスがかつて言った「モーツァルトは燃え立つ炎です」という言葉を思い出しました。まさに炎のような演奏ですね。
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