バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV826
(P)ロベール・カサドシュ 1958年5月9日録音
J.S.Bach:Partita No.2 in C minor, BWV 826 b1.Sinfoniac
J.S.Bach:Partita No.2 in C minor, BWV 826 b2.Allemandec
J.S.Bach:Partita No.2 in C minor, BWV 826 b3.Courantec
J.S.Bach:Partita No.2 in C minor, BWV 826 b4.Sarabandec
J.S.Bach:Partita No.2 in C minor, BWV 826 b5.Rondeauxc
J.S.Bach:Partita No.2 in C minor, BWV 826 b6.Capriccioc
バッハの鍵盤楽器による「組曲」の中では最も聞きごたえのある作品
バッハはいろいろな楽器を使った「組曲」(パルティータ)という形式でたくさんの作品を書いています。ヴァイオリンやチェロを使った無伴奏のパルティータや鍵盤楽器を使ったものです。
とりわけ、鍵盤楽器を使ったものとしては「イギリス組曲」「フランス組曲」、そしてただ単に「パルティータ」とだけ題されたものが有名です。
一般的には、「組曲」というのは様々な国の舞曲を組み合わせたものとして構成されるのですが、この最後の「パルティータ」にまで至ると、その様な「約束事」は次第に後景に追いやられ、バッハ自身の自由な独創性が前面に出てくるようになります。
たとえば、パルティータの基本的な構成は「プレリュード-アルマンド-クーラント-サラバンド-ジーグ」が一般的ですが、バッハはその構成をかなり自由に変更しています。冒頭のプレリュードの形式を以下のように、様々な形式を採用しているのもその一例です。
第1曲:Praeludium 第2曲:Sinfonia 第3曲:Fantasia 第4曲:Ouverture 第5曲:Praeambulum 第6曲:Toccata
そして、この最初の曲で作品全体の雰囲気を宣言していることもよく分かります。
それ以外にも、同じ形式が割り振られていても、実際に聞いてみると全く雰囲気が異なるというものも多くあります。
おそらくバッハの鍵盤楽器による「組曲」の中では最も聞きごたえのある作品であることは間違いありません。
第1番変ロ長調 BWV 825
Prelude - Allemande - Courante - Sarabande - Menuett I - Menuett II - Gigue
第2番ハ短調 BWV826
Sinfonia - Allemande - Courante - Sarabande - Rondeaux - Capriccio
第3番イ短調 BWV827
Fantasia - Allemande - Corrente - Sarabande - Burlesca - Scherzo - Gigue
第4番ニ長調 BWV828
Ouverture - Allemande - Courante - Aria - Sarabande - Menuett - Gigue
第5番ト長調 BWV829
Preambulum - Allemande - Corrente - Sarabande - Tempo di Minuetto - Passepied - Gigue
第6番ホ短調 BWV830
Toccata - Allemande - Corrente - Air - Sarabande - Tempo di Gavotta - Gigue
捨て去ったものの中にある美
カサドシュがバッハの作品を録音しているとは、いささか驚きでした。
私が調べた範囲では、この60年代の初めにいくつかのバッハ作品を録音してからは、一切録音はしていないようなのです。
カサドシュと言えば、モーツァルト以外ではシューマン、ラヴェル、ドビュッシーなどの作品をたくさん残しています。
シューマンやドビュッシーは、まさに縦のラインにおける微妙な和声の響きこそが命の音楽です。カサドシュはその様な繊細な響きを紡ぎ出すところにこそ持ち味がありました。
しかし、バッハはそれとは真逆の音楽で、音楽はいくつものラインが水平方向に絡み合いながら形づくられていきます。
そういう音楽の特性をピアノという楽器で再構成したのがグールドでした。
グールドはピアノが本質的に持っている縦のラインで和声を響かせるスタイルを生理的に拒否した人でした。
彼のピアノは常に水平方向にばらけていきます。ですから、彼のバッハは果てしなく水平方向に散乱していきます。そして、グールド以降、バッハの音楽はそのような音楽として認識されるようになっていったのです。
ですから、カサドシュがグールド以降にバッハを録音していたという事実はいささか驚きだったのです。
しかし、それはもしかしたら、水平方向に流れる音楽をもう一度縦に積み直すという古いタイプの(時代錯誤の^^;)演奏かもしれないと勘ぐったのでした。
そして、もしもそう言う古いタイプの音楽ならば、グールド以後に於いてもそう言う「伝統」を固守していると言うことで、それはそれで面白いとも思ったのでした。
しかしながら、そう言う期待は裏切られました(^^;。
もちろん、グールドほどにはパラパラと分散しては行かないのですが、それでも横への流れを縦の和声に変換したような演奏になっていません。
でも、これってやはりカサドシュの主戦場でないこことは明らかです。
そして、カサドシュもまたその事実を認めたのか、これ以後は潔く己のレパートリーからは外してしまったようです。グールドやチェンバロを使ったその後のバッハを聴いてきた耳にはり古さは否めないことは事実です。
しかし、逆に、グールド流のスタイルに人工物の嫌らしさを感じる人にとってはこれは非常に自然な表現として聞こえるかもしれないとも思うのです。
何声もの声部が精緻な織物を織り上げていくような表現は見事なのですが、それをハイビジョン画像のように細部まで押し付けてくれなくても、ほのかな自然光の中でたたずまいを楽しみたいときもあるのです。
時には、古いと捨て去ったものの中から、思わぬ美しさを見出すこともあるのです。
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