ラヴェル:ボレロ
クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団 1961年11月録音
Ravel:ボレロ
変奏曲形式への挑戦
この作品が一躍有名になったのは、クロード・ルルーシュ監督の映画「愛と哀しみのボレロ」においてです。映画そのものの出来は「構え」ばかりが大きくて、肝心の中味の方はいたって「退屈」・・・という作品でしたが(^^;、ジョルジュ・ドンがラストで17分にわたって繰り広げるボレロのダンスだけは圧巻でした。
そして、これによって、一部のクラシック音楽ファンしか知らなかったボレロの認知度は一気に上がり、同時にモダン・バレエの凄さも一般に認知されました。
さて、この作品なのですが、もとはコンサート用の音楽としてではなく舞踏音楽として作曲されました。ですから、ジョルジュ・ドンの悪魔的なまでのダンスとセットで広く世に知れ渡ったのは幸運でした。なにしろ、この作品を肝心のダンスは抜きにして音楽だけで聞かせるとなると、これはもう、演奏するオケのメンバーにとってはかなりのプレッシャーとなります。
嘘かホントか知りませんが、あのウィーンフィルがスペインでの演奏旅行でこの作品を取り上げて、ものの見事にソロパートをとちってぶちこわしたそうです。スペイン人にとっては「我らが曲」と思っている作品ですから、終演後は「帰れ」コールがわき上がって大変なことになったそうです。まあ、実力低下著しい昨今のウィーンフィルだけに、十分納得のいく話です。
この作品は一見するとととてつもなく単純な構造となっていますし、じっくり見てもやはり単純です。
1. 最初から最後まで小太鼓が同じリズムをたたき続ける。
2. 最初から最後まで少しずつレッシェンドしていくのみ。
3. メロディは2つのパターンのみ
しかし、そんな「単純」さだけで一つの作品として成り立つわけがないのであって、その裏に、「変奏」という「種と仕掛け」があるのではないかとユング君は考えています。変奏曲というのは一般的にはテーマを提示して、それを様々な技巧を凝らして変形させながら、最後は一段高い次元で最初のテーマを再現させるというのが基本です。
そう言う正統的な捉え方をすれば、同じテーマが延々と繰り返されるボレロはとうていその範疇には入りません。
でも、変奏という形式を幅広くとらえれば、「音色と音量による変奏曲形式」と見れなくもありません。
と言うか、まったく同じテーマを繰り返しながら、音色と音量の変化だけで一つの作品として成立させることができるかというチャレンジの作品ではないかと思うのです。
ショスタの7番でもこれと同じ手法が用いられていますが、しかしあれは全体の一部分として機能しているのであって、あのボレロ的部分だけを取り出したのでは作品にはなりません。
人によっては、このボレロを中身のない外面的効果だけの作品だと批判する人もいます。
名前はあげませんが、とある外来オケの指揮者がスポンサーからアンコールにボレロを所望されたところ、「あんな中身のない音楽はごめんだ!」と断ったことがありました。
それを聞いた某評論家が、「何という立派な態度だ!」と絶賛をした文章をレコ芸に寄せていました。
でも、私は、この作品を変奏曲形式に対する一つのチャレンジだととらえれば実に立派な作品だと思います。
確かにベートーベンなんかとは対極に位置する作品でしょうが、物事は徹すると意外と尊敬に値します。
希有の響き
クリュイタンスは61年から62年にかけてラベルの主要な管弦楽曲をまとめて録音しています。英コロンビアはこれを4枚セットの箱入りとして発売したのですが、この初期盤は音の素晴らしさもあって今ではとんでもない貴重品となっているようです。
ただし、このセットは今も通常のCDとして簡単に入手が可能なので、歴史的名演と言われながらもその内容については簡単に検証できちゃうので、いろいろとエクスキューズがつく演奏となっています。
今回、この一連の録音をアップするためにあらためて聴き直してみたのですが、そのエクスキューズについて一言述べておく必要を感じました。
そのエクスキューズとは何かと言えば、「オケが下手すぎる」に尽きます。
例えば、歴史的名演と言われるボレロなどを聞けばすぐに気がつくのですが、管楽器があちこちで音を外しています。酷いのになると「酔ったオジチャンが、ろれつがまわっていない」という極めて的確な評価が下されていたりします。
そうなんです、昨今の演奏と録音になれてしまった耳からすればあまりにも緩いのです。
そして、その事にはフランスのオケが持っている「あわせる気がない」という本質的な問題が絡んでいます。
フランスのオケというのは、プレーヤー一人一人の腕は確かです。しかし、彼らはその腕を全体のために奉仕するという気はあまり持ち合わせていません。
ですから、リハーサルをしっかりと積み上げて縦のラインをキチンと揃えることにはあまり興味を持っていませんし、そもそもそう言うことに価値を感じないのです。さらに言えば、現在でもフランスのオケのプレーヤーは事前にスコアに目を通すような「面倒くさい」事はやらないようで、慣れていない曲をやるときは変なところで飛び出したりしてもあまり気にしないそうです。
ですから、クレツキなどは「フランスのオーケストラの演奏は練習し過ぎてはいけない」とまでいっているほどです。練習で絞り上げるとやる気がなくなって本番で悲劇的なことを引き起こしてしまうことが多い、と言うのです。
その点で言えば、クリュイタンスという人はそう言うオケの気質を知り尽くして、それをコントロールする術を身につけた人でした。
俺が俺がと前に出たがる管楽器奏者を自由に泳がせながら、それをギリギリのラインで一つにまとめていく腕と懐の深さを持っていました。結果として、トンデモ演奏になる一歩手前で踏ん張りながら、そう言うフランスのオケならではの美質があふれた演奏を実現できました。
ですから、このコンビの録音を「オケの精度」という点だけで見てはいけません。
オケの精度などと言うものは練習で絞り上げればある程度のラインまではどこでも実現可能です。しかし、クリュイタンスとパリ音楽院管弦楽団のコンビが醸し出すこの響きの素晴らしさは、いわゆる「訓練」によって実現できるレベルものではありません。
「あっ、外した。また、外した!!」と思えば落ち着いて聞いていられないかもしれませんが、とりあえずはそう言うことは忘れて、この純度の高い、それでいてふくよかさを失わない希有の響きに身をゆだねれば、この演奏と録音の魅力に納得がいくのではないでしょうか。
そして、その事は録音会場に使われた「Salle Wagram(サル・ワグラム)」の響きの素晴らしさが貢献しています。この「Salle Wagram(サル・ワグラム)」は2005年の爆発事故で往事の面影はなくなってしまいましたが、オケの中で管楽器がクッキリと濁りなく響くことで有名でした。
パリ音楽院管弦楽団の名手たちが腕によりをかけて演奏している様子がはっきりととらえられているのはこの会場のおかげでもありました。
それからこんな事を書けば叱られるかもしれませんが、ラベルやドビュッシーの音楽は下からキチンと煉瓦を積み上げていくような音楽ではありませんから、多少アンサンブルの精度が落ちても気になりません。(気になるかな^^;)それよりは雰囲気勝負ですから、個々の楽器の響きの自由さと美しさこそが命だと思います。
今回は、とりあえず私の好きな「ボレロ」「ラ・ヴァルス」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「クープランの墓」をまずは聞いてみました。
一番感心したのはやはり「ラ・ヴァルス」ですね。破滅に向かって華やかに踊り狂っている不気味さがクッキリと浮かび上がってくる演奏です。「亡き王女のためのパヴァーヌ」もモノトーンな響きながら古代舞曲風の優雅な響きがとっても素敵です。
そして、賛否両論渦巻く外しまくりの「ボレロ」ですが、気にならないと言えば嘘になりますが、それと引き替えに実現している管楽器群の響きの素晴らしさは出色です。
そして、最後に「クープランの墓」を聞いたのですが、正直なところ、よく分からんです。私が苦手なフランス音楽の特徴が一番よくでているのでしょうが、それがきっと原因だと思います。
よせられたコメント
2014-04-16:ヨシ様
- 演奏やアンサンブル等は確かに古いスタイルですが古典的な名演だと思います。
クリュイタンス最初で最後の来日を偲ばせる当時の響きですね。
洗練され過ぎている昨今のオケより好きです。
2014-02-28:セル好き
- ボレロはクリュイタンス・パリ音楽院管弦楽団が一番というファンは多いようです。知人にもその一人がいて、私もCDで買ってみましたが、愛聴盤のミュンシュ・パリ管にくらべるとどうも雑な感じがして、しばらく聴いていませんでした。改めて聴いてみると楽器が増えるにつれて聴くに耐えなくなり、最後の2・3分はもう....(その辺MP3はちょっとマイルドに聞こえます)。
最近、同じパリでもバスチーユの方はミュンフンがぴしっとアンサンブルを決めているようなので機会があればそっちの方も聴いてみたいかな。
2020-07-08:コタロー
- 何かの本で読んだのですが、かつての日本には、「フランス音楽は、クリュイタンスから入るべし」という音楽的常識(?)があったそうですね。ところが、パリ音楽院管弦楽団は1967年のクリュイタンスの逝去によって発展的解消をとげて、パリ管弦楽団に生まれ変わってしまいました。しかし、それは結果的に良かったのでしょうか?
パリ音楽院管弦楽団のいわば「ヘタウマ」なフランス人気質丸出しのいい意味でのローカル色が、パリ管弦楽団ではインターナショナル化してすっかり失われてしまいました。
むしろ、1980年代以降、シャルル・デュトワがカナダのモントリオール交響楽団を率いて、「フランスのオーケストラよりもフランス的な音楽」を展開しました。このオーケストラは技術的にも完璧でしたから、これはもう「鬼に金棒」です。
これら一連の出来事には、なにか歴史上の皮肉を感じますね。
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