ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」
ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1959年2月14,16&20日録音
Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」 「第1楽章」
Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」 「第2楽章」
Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」 「第3楽章」
Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」 「第4楽章」
望郷の歌
ドヴォルザークが、ニューヨーク国民音楽院院長としてアメリカ滞在中に作曲した作品で、「新世界より」の副題がドヴォルザーク自身によって添えられています。
ドヴォルザークがニューヨークに招かれる経緯についてはどこかで書いたつもりになっていたのですが、どうやら一度もふれていなかったようです。ただし、あまりにも有名な話なので今さら繰り返す必要はないでしょう。
しかし、次のように書いた部分に関しては、もう少し補足しておいた方が親切かもしれません。
この作品はその副題が示すように、新世界、つまりアメリカから彼のふるさとであるボヘミアにあてて書かれた「望郷の歌」です。
この作品についてドヴォルザークは次のように語っています。
「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう。」
「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」
この「新世界より」はアメリカ時代のドヴォルザークの最初の大作です。それ故に、そこにはカルチャー・ショックとも言うべき彼のアメリカ体験が様々な形で盛り込まれているが故に「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう」という言葉につながっているのです。
それでは、その「アメリカ体験」とはどのようなものだったでしょうか。
まず最初に指摘されるのは、人種差別のない音楽院であったが故に自然と接することが出来た黒人やアメリカ・インディオたちの音楽との出会いです。
とりわけ、若い黒人作曲家であったハリー・サンカー・バーリとの出会いは彼に黒人音楽の本質を伝えるものでした。
ですから、そう言う新しい音楽に出会うことで、そう言う「新しい要素」を盛り込んだ音楽を書いてみようと思い立つのは自然なことだったのです。
しかし、そう言う「新しい要素」をそのまま引用という形で音楽の中に取り込むという「安易」な選択はしなかったことは当然のことでした。それは、彼の後に続くバルトークやコダーイが民謡の採取に力を注ぎながら、その採取した「民謡」を生の形では使わなかったののと同じ事です。
ドヴォルザークもまた新しく接した黒人やアメリカ・インディオの音楽から学び取ったのは、彼ら独特の「音楽語法」でした。
その「音楽語法」の一番分かりやすい例が、「家路」と題されることもある第2楽章の5音(ペンタトニック)音階です。
もっとも、この音階は日本人にとってはきわめて自然な音階なので「新しさ」よりは「懐かしさ」を感じてしまい、それ故にこの作品が日本人に受け入れられる要因にもなっているのですが、ヨーロッパの人であるドヴォルザークにとってはまさに新鮮な「アメリカ的語法」だったのです。
とは言え、調べてみると、スコットランドやボヘミアの民謡にはこの音階を使用しているものもあるので、全く「非ヨーロッパ的」なものではなかったようです。
しかし、それ以上にドヴォルザークを驚かしたのは大都市ニューヨークの巨大なエネルギーと近代文明の激しさでした。そして、それは驚きが戸惑いとなり、ボヘミアへの強い郷愁へとつながっていくのでした。
どれほど新しい「音楽的語法」であってもそれは何処まで行っても「手段」にしか過ぎません。
おそらく、この作品が多くの人に受け容れられる背景には、そう言うアメリカ体験の中でわき上がってきた驚きや戸惑い、そして故郷ボヘミアへの郷愁のようなものが、そう言う新しい音楽語法によって語られているからです。
「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」という言葉に通りに、ボヘミア国民楽派としてのドヴォルザークとアメリカ的な語法が結びついて一体化したところにこの作品の一番の魅力があるのです。
ですから、この作品は全てがアメリカ的なもので固められているのではなくて、まるで遠い新世界から故郷ボヘミアを懐かしむような場面あるのです。
その典型的な例が、第3楽章のスケルツォのトリオの部分でしょう。それは明らかにボヘミアの冒頭音楽(レントラー)を思い出させます。
そして、そこまで明確なものではなくても、いわゆるボヘミア的な情念が作品全体に散りばめられているのを感じとることは容易です。
初演は1893年、ドヴォルザークのアメリカでの第一作として広範な注目を集め、アントン・ザイドル指揮のニューヨーク・フィルの演奏で空前の大成功を収めました。
多くのアメリカ人は、ヨーロッパの高名な作曲家であるドヴォルザークがどのような作品を発表してくれるのか多大なる興味を持って待ちかまえていました。そして、演奏された音楽は彼の期待を大きく上回るものだったのです。
それは、アメリカが期待していたアメリカの国民主義的な音楽であるだけでなく、彼らにとっては新鮮で耳新しく感じられたボヘミア的な要素がさらに大きな喜びを与えたのです。
そして、この成功は彼を音楽院の院長として招いたサーバー夫人の面目をも施すものとなり、2年契約だったアメリカ生活をさらに延長させる事につながっていくのでした。
意外なほどに覇気にあふれた若々しくも勢いのある音楽
ワルターにとってドヴォルザークの交響曲というのはどう考えてもメインのプログラムではありませんでした。
調べてみると、録音はわずか数点しか残っていません。
交響曲第8番
ニューヨークフィル 1947年11月28日録音
ニューヨークフィル 1948年2月15日 カーネギーホールでのライブ録音
交響曲第9番 「新世界より」
ロサンジェルスフィル 1942年7月16日 ライブ録音
つまりは、セッション録音は1947年のみということです。
ですから、この最晩年に8番と9番をコロンビア響を使って録音したのは、おそらくはワルターが望んだと言うよりは、レコード会社の方がどうしても「売れ筋」の交響曲をワルターに録音してほしかったために実現したものだと想像されます。
実際、このコロンビア響とのセッション録音を聞いてみると、ベートーベンの交響曲で聞かれるような「一筆書き」のような「大らかさ」というか「大雑把さ」と言うか(^^;、いわゆる「昔語り」のような演奏とは少し雰囲気が違うことに気づきます。
おそらくは、レコード会社から要請されて、「困ったなぁー、しんどいなぁー・・・」と思いつつも、それでも、彼にとってそれほど馴染みがあるとは思えないこれらの交響曲のスコアを少しは時間をかけて振り返ったのではないでしょうか。
しかし、結果としては、一筆書きのような感覚とはかなり異なった、非常に丁寧できっちりとした造形が特徴的な演奏に仕上がる事になりましたす。そして、そう言う細部をキチンと積み上げることで、意外なほどに覇気にあふれた若々しくも勢いのある音楽になっています。
さらに言えば、全体としてそのような勢いが感じられるがゆえに、例えば第8番の第3楽章や第9番のあの有名な第2楽章の歌心がより一層栄える結果となっています。特に、あの有名な家路のメロディが、ここではある種の神々しささえ感じられる音楽へと昇華しているようにすら感じられます。
音楽というのは、面白くもあり難しいものだと思わざるを得ません。
よせられたコメント
2014-09-22:HIRO
- この「新世界から」の第二楽章が一種のレクイエムだということをどれだけの人が知っているのでしょうか。インディアンの英雄叙事詩『ハイアワサの歌』のハイアワサの妻ミネハハの死(餓死)と雪中の埋葬…。演奏家でさえ、そのことを知らずに演奏しているとしか思えないものが多いように思います。その点でこのワルターの「第二楽章」は素晴らしいと言えます。(全曲が素晴らしいですが)3回出てくる7音のコラールは「むかしむかし、あるところに…」の意味だそうですが、私にはアメリカの大草原と森林の広大さ、荘厳な雰囲気の表現に聞こえます。あの有名なメロディーは、ハイアワサのミネハハへの哀惜と雪の大自然の静けさを表しています。夜明け、風が吹いてきます。風が大雪原を渡っていきます。やがて鳥達が鳴いて太陽が昇ります。そしてまた、もとの静けさに戻り、途切れ途切れの音の中にミネハハの魂は静かに昇天していきます…。それにしても、この名曲に、ドボルザークの死後、様々な歌詞によって付けられてしまった(特に日本の「家路=夕方」)俗なイメージは、いつになったら払拭されるのでしょうか。
2013-07-03:山ちゃん
- いや??驚きです。このサイト初めてですが、何故こんな良い音が再現できるのですか?。映画のようにリメイクできるのですか?。
2020-02-01:Sammy
- 力で押す感じはなく、穏やかさと軽やかさが同居し、丁寧でありつつも飄々とした音作りを感じました。ほんの少しずつ念押し気味に、しかしさりげなく表情がつけられていて、それが一聴あっけらかんとしているような音楽に、歌うような表情、柔らかな陰影と彩りを節々に常にほんのりと添えているように思えます。
小編成のオーケストラと明瞭な録音の組み合わせで、室内楽的な、すっきりと歌い交わす声が優しくしかしはっきりと響きあうさまは、やや淡くかつそれでも常に味わいがある。
「新世界」はもっと劇的でラディカルな音楽ではなかったか?と思いつつ、激することのないこの穏やかさが、恐らく異色とも言えるにせよ、この演奏の美徳というか品格というか、そう言わずにおれません。
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