ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21
ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1959年1月5,6,8&9日録音
Beethoven:交響曲第1番 ハ長調 作品21 「第1楽章」
Beethoven:交響曲第1番 ハ長調 作品21 「第2楽章」
Beethoven:交響曲第1番 ハ長調 作品21 「第3楽章」
Beethoven:交響曲第1番 ハ長調 作品21 「第4楽章」
栴檀は双葉より芳し・・・?
ベートーベンの不滅の9曲と言われ交響曲の中では最も影の薄い存在です。その証拠に、このサイトにおいても2番から9番まではとっくの昔にいろいろな音源がアップされているのに、何故か1番だけはこの時期まで放置されていました。今回ようやくアップされたのも、ユング君の自発的意志ではなくて、リクエストを受けたためにようやくに重い腰を上げたという体たらくです。
でも、影は薄いとは言っても「不滅の9曲」の一曲です。もしその他の凡百の作曲家がその生涯に一つでもこれだけの作品を残すことができれば、疑いもなく彼の代表作となったはずです。問題は、彼のあとに続いた弟や妹があまりにも出来が良すぎたために長兄の影がすっかり薄くなってしまったと言うことです。
この作品は第1番という事なので若書きの作品のように思われますが、時期的には彼の前期を代表する6曲の弦楽四重奏曲やピアノ協奏曲の3番などが書かれた時期に重なります。つまり、ウィーンに出てきた若き無名の作曲家ではなくて、それなりに名前も売れて有名になってきた男の筆になるものです。モーツァルトが幼い頃から交響曲を書き始めたのとは対照的に、まさに満を持して世に送り出した作品だといえます。それは同時に、ウィーンにおける自らの地位をより確固としたものにしようと言う野心もあったはずです。
その意気込みは第1楽章の冒頭における和音の扱いにもあらわれていますし、、最終楽章の主題を探るように彷徨う序奏部などは聞き手の期待をいやがうえにも高めるような効果を持っていてけれん味満点です。第3楽章のメヌエット楽章なども優雅さよりは躍動感が前面にでてきて、より奔放なスケルツォ的な性格を持っています。
基本的な音楽の作りはハイドンやモーツァルトが到達した地点にしっかりと足はすえられていますが、至る所にそこから突き抜けようとするベートーベンの姿が垣間見られる作品だといえます。
心優しき男の笑顔
心優しき男の笑顔
ワルターによるコロンビア交響楽団とのベートーベン交響曲全集は以下のような順番で行われています。一見すると、無味乾燥なだけの録音データも、こうして並べてみると色々なことがうかがえてきて面白いですね。
交響曲第8番 ヘ長調 作品93 1958年1月8、10,13&2月12日録音
交響曲第6番 ヘ長調 作品68 「田園」 1958年1月13,15,17日録音
交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55 1958年1月20,23、25日録音
交響曲第5番 ハ短調 作品67 「運命」 1958年1月27日&30日録音
交響曲第7番 イ長調 作品92 1958年2月1,3&12日録音
交響曲第4番 変ロ長調 作品60 1958年2月8日&10日録音
交響曲第1番 ハ長調 作品21 1959年1月5,6,8&9日録音
交響曲第2番 ニ長調 作品36 1959年1月5日&9日録音
交響曲第9番 ニ短調 作品125 「合唱」 1959年1月19,21,26,29&30日録音 (4楽章)1959年4月6日&15日録音
よく知られている話ですが、引退を表明していたワルターを録音現場に呼び戻すためにレコード会社は破格の条件を提示したといわれています。
その「破格の条件」はギャラだけでなく、録音の進め方に関しても色々な優遇措置があったようです。その中で最もよく知られているのが「一日のセッションは3時間以内」という条件です。
オケのメンバーと録音スタジオをおさえた上で、実際に稼働するのは3時間だけというのですから、いくら老齢のワルターの健康状態を慮ったとしても考えられないほどの優遇措置です。
そして、そういう優遇措置を知った上で上記の録音データを眺めてみると、この一連のセッションが実にゆったりとしたペースで進められたことがよく分かります。
録音は基本的に一日か二日の間隔を開けて行われていますし、その録音も一日に3時間を超えないのです。その「ゆったり度」は信じがたいほどです。
そして、面白いのは、第8番と第7番だけが、この年のベートーベン録音の最後になった第4番の録音が終わった後の2月12日にもう一度だけ録音されていることです。おそらくは、どうしても手直ししておきたい箇所があったための再録音なのでしょう。
何とも、のんびりした話です。
それから、このコンプリートの最後を飾る第9番は最初の3楽章の録音と最終楽章の録音がかなり日程が開いています。不思議だなと思って調べてみると、どうやらこの最終楽章はクレジットは「コロンビア交響楽団」となっているものの、ぞの実体はニューヨークフィルだったことが関係しているようなのです。
おそらくは、ワルターの強い要望で、「この楽章だけはニューヨークフィルを使いたい!」ということになったのでしょう。ただし、突然そんなことを言われてもオケにはオケのスケジュールがあります。結果として、ニューヨークフィルの都合がつくまでに3ヶ月ほど開いてしまった・・・という話らしいのです。
何とも、贅沢な話です。
しかしながら、そう言う「ゆったり感」と相反するのが、全体の録音の進捗ペースです。
ワルターは一つの録音が仕上がるとほとんど日をおかずして、ほいほい・・・という感じで次の録音へと移っています。そのペースは一つの録音を仕上げていたときと全く同ペースであり、何の躊躇いもなく次の作品の録音へと移行しています。
率直に言って、安直と言えばこれほど安直な録音の進め方はありません。
しかし、そう言う安直さの原因は、この一連の録音を聞いてみればその理由はすぐに了解できます。
この録音におけるワルターは、明らかに、今まで自分が演奏してきたベートーベンの交響曲を、もう一度恵まれた環境の中で、そしておそらくは自分の楽しみということも否定しない心構えのもとで演奏しています。結果として、言葉の正確性が欠けるかもしれませんが、ワルターの持っている「モーツァルト的本能」が「素」のままに発揮された音楽になっています。音楽は基本的に気持ちよく、そして実に大らかに横へ横へと流れていきます。
その大らかさが、作品によってはあまりにも緩いと思わざるを得ないことも事実です。
しかしながら、それがツボにはまるような音楽だと、他では聞けないような魅力にふれることができるのも事実です。
その一番良い例が、おそらくは第2番の第2楽章でしょう。この音楽をこんな風に歌わせる事ができる指揮者は悲しいかな、今や絶滅してしまいました。
同じように、第9の「Adagio molto e cantabile」、4番の「Adagio 」そして、「田園」!!のように、ベートーベンの「歌」が前面に出た部分ではワルター以外では聞くことのできない世界が堪能できます。
しかしながら、これは私の偏見かもしれませんが、音楽を煉瓦を積み上げるように構築するのと、聞き心地がいいように横へと流していくのでは、おそらく手間がかかるのは前者の方でしょう。前者のやり方で聞き手を納得させるには、それこそ見事な建築物を作り上げないといけません。
そして、そのような立派な構築物を仕上げようとすれば、地味でしんどい作業が連続します。そして、そう言うしんどい仕事を積み上げていったとしても、途中でヘボがいれば一瞬にして建物が崩壊することだってあります。
そう言う意味では、指揮者にとってもオケにとっても骨の折れる仕事です。
そして、ヨーロッパからアメリカに亡命したワルターも、そう言う骨の折れる仕事を通してアメリカでも巨匠と呼ばれるようになったのです。
しかしながら、このコロンビア響との仕事では、そう言う骨の折れるしんどい仕事は一切していないようです。
話は少しばかり横道にそれますが、そう言う骨の折れる仕事を最後の最後までやり遂げた男がクレンペラーでした。こういうワルターの緩めの演奏を聴かされると、あらためてクレンペラーという男は異形の天才であったことを思いしらされます。
と言うことで、トータルとして見れば、ベートーベンの交響曲を聞きたいと思ったときに、おそらくはファーストチョイスにはならいでしょうし、もしかしたらセカンドチョイスにもならないかもしれません。
そのことは否定しません。
しかし、色々なベートーベンの録音を聞きあさった後にここに帰ってくれば、戦争の世紀であった20世紀を必死の思いで生き抜いた心優しき男の笑顔にふれることができて、しばし心癒され、そしてほんのちょっぴりの勇気をもらえるような音楽あることも事実です。
やはり今もって、忘れ去ってしまうにはあまりにも惜しいと言わざるを得ない録音です。
よせられたコメント 2013-05-27:odradek 「20世紀を必死の思いで生き抜いた心優しき男の笑顔・・・」いいこと言われますね。
私はベートーヴェンの交響曲を始めて通して聴いたのが、この録音でした。
15年ほど前、当時中学生。たしか三千円程度の破格のボックスセットを購入しました。(今ではめずらしくもありませんが)
久々に耳にして、当時の記憶が蘇りました。
こんなに伸びやかな演奏とともに自分の青春時代を記憶できたのは幸運だったかもしれません。
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