チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
ムラヴィンスキー指揮 レニングラードフィル 1960年9月&11月録音
Tchikovsky:交響曲第4番 ヘ短調 作品36 「第1楽章」
Tchikovsky:交響曲第4番 ヘ短調 作品36 「第2楽章」
Tchikovsky:交響曲第4番 ヘ短調 作品36 「第3楽章」
Tchikovsky:交響曲第4番 ヘ短調 作品36 「第4楽章」
絶望と希望の間で揺れ動く切なさ

今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。
まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。
両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)
チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。
この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。
チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。
それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではとユング君は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
ユング君がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。
ムラヴィンスキーという男の信じたチャイコフスキーの姿
新しい年の初めを何でスタートさせるのかというのは、私にとっては毎年の楽しい悩みの一つであります。
少し前まではあまり悩む必要もなかったのですが、昨年あたりからは「有力な録音」が目白押しですからあれこれと楽しむ時間が長くなります。
できれば、「不滅の名録音」と誰もが太鼓判を押してくれるような録音でスタートしたいのですが、今年は本当に有力候補がたくさん顔を並べています。そして、あれこれ悩んだ末に、最終的には個人的な好みも加味してムラヴィンスキーのチャイコフスキーを選びました。
まあ、これが「不滅名録音」にノミネートされることに疑問を呈する方は滅多にいないでしょう。未だに、これは一つのスタンダードとして君臨しています。
ムラヴィンスキーと彼の手兵であるレニングラードフィルのコンビが西側に初めてその姿を表したのが1956年のモーツァルト生誕200年を記念した音楽祭でした。その初めてのヨーロッパ公演の途中にチャイコフスキーの3つの交響曲が録音されました。
演奏の精緻さ、強力な低声部に支えられた鋼のような響き、そしてその鋼鉄の響きが一糸乱れることなく驀進していく強力なエネルギー感などなど、このコンビが放射する圧倒的なパワーに西側世界は呆然としたのです。
そして、再び60年に、このコンビが西側に出てきたときに、再び録音されたのが今回アップした演奏です。
ムラヴィンスキーという男はチャイコフスキーのシンフォニーをベートーベンの不滅の9曲にも匹敵する偉大な音楽だと心の底から信じた男でした。その事は、私の思いつきの言葉ではなくて(^^;、ムラヴィンスキーが至るところで、繰り返し、繰り返し語っていることです。
とりわけ6番「悲愴」については暇さえあればスコアを眺めて、時には涙していたそうです。
もちろんその姿勢に関しては4番も5番もそう大差のあるものでありません。
確かに、ムラヴィンスキーが演奏するチャイコフスキーには音楽職人としてのチャイコフスキーが持つ「軽み」や「優雅さ」みたいなものが欠落していることは事実です。
しかし、そんなことはどうでもいいのです。
また、人によっては、ムラヴィンスキーの演奏ではチャイコフスキーが意図した以上のものが表現されていると批判されることもあります。そ
れもまた、どうでもいいことなのです。
ここで聴くことができるのは、「ムラヴィンスキーという男の信じたチャイコフスキーの姿」なのです。
「主観的解釈の客観的表現がみせる至芸の極致」
これこそが、ムラヴィンスキーを聴く喜びなのです。そして、彼が心の底から共感した音楽家の一人がチャイフスキーだったのです。
よせられたコメント
2012-01-02:ヨシ様
- ステレオ音源での再アップありがとうございます。
このムラヴィンスキーのチャイコフスキー後期3大交響曲はやはり凄い演奏ですね。
オーケストラのパワーが全然違います。
2012-01-04:mkn
- 本年もどうぞよろしくお願いします。
さてこの演奏、私は最初輸入盤のLPで聴いたのですが妙な思い出があります。A面に第一楽章、B面に残りの三楽章というものでしたがA面がザクザクの酷い音でした。収録時間の長いB面に入るとそれが一変して...。
わざとやったのではないだろうな、と思ったものです。
2012-01-30:ひろし
- ミュンシュの第9を検索していたらこのページにたどり着きました。
そして最近ムラヴィンスキーチャイコ456を買ったもので・・・
ものすごいですよね。半端ないですよね。
いままでの記事を全部目を通すのは大変そうですが、楽しませてもらいます。
2014-07-25:nakamoto
- 私は、ムラヴィンスキーのチャイコフスキーの良さが理解できていません。ムラヴィンスキーのショスタコビッチは、私は礼拝するほど好きなのにです。 一言で言えば、凄過ぎる演奏なのです、私にとって。 とても魅力的な異性に、最高のスタイリストを付けて、最高の衣服と高級ブランドの小物を着せたようなもので、カジュアルな装いで、充分魅力的なのに・・・。なにか凄すぎてしまっていると感じてしまい、持て余してしまいます。なにもかも理解できれば、苦労は無いのですが、人間そうは行きません。何かで、ムラヴィンスキーのとても録音状態の良いものを聴いた事があって、その時は、なんて近代的で輝かしい音色なのだろうと、驚かされたことがありました。ついでに私の大嫌いな評論家U氏大絶賛のムラヴィンシキーに、素直な気持ちで聴けていない事も、私のムラヴィンスキー観に悪影響を及ぼしています。私の取り留めのない感情を、取り留めのない文章にて、失礼致しました。でも私の正直な気持ちです。
2017-05-27:べんじー
- 猛烈な速さを伴いながら無慈悲とすら思える克明さで演奏される終楽章を聞いていると、圧倒される思いと共に、「チャイ4ってもう少し優しさや遊び心のある曲ではなかったかな?」という物足りなさを覚えます。
ストレートに音楽の核心に迫る分、ムラヴィンスキーのこの演奏は直線的に過ぎて柔らかさや遊びの部分が不足する。彼自身もそれを自覚していたはずで、後期3大交響曲のレパートリーの中から4番が姿を消した(実際、56年のモノ録音ではザンデルリンクが指揮を担当している)のも、もっともなことだと思います。
でも、この気迫あふれる超絶的な演奏は麻薬のような魅力がありますね!
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