ベートーベン:魔笛の主題による12の変奏曲 ヘ長調 Op.66
Vc.フルニエ P.グルダ 1959年6月17&18日録音
Beethoven:魔笛の主題による12の変奏曲 ヘ長調 Op.66
初期から中期への移行期に存在する作品
ベートーベンの変奏曲形式の小品は1800年前後の若い時代に集中しています。
今回はチェロとピアノによる作品を取り上げましたが、これ以外にもエロイカ変奏曲に代表されるようなピアノ作品や、フィガロの結婚のテーマを用いたヴァイオリンとピアノのための作品も残しています。
この手の作品は、巷間に知れ渡った有名なメロディをテーマとして取り上げて、それを小粋に変奏して楽しんでもらうという趣向ですから、当時の一般的な人々には結構受けた形式だったようです。
実際それらの音楽は、今日聞いてみてもなかなかに面白いです。つまりは、一般受けしそうな優美なメロディと雰囲気をもちながらも、ピリッとした辛みも効いているという洒落た作品群だからです。
しかし、このような変奏曲に集中した時代を過ぎると、ベートーベンはこのようなギャラントな雰囲気を漂わせた音楽からは身を引いてしまいます。そして、私たちがベートーベンという名前から受け取るような印象の音楽を書き始めます。
彼がふたたび変奏曲形式に舞い戻ってくるのは最晩年のピアノソナタや弦楽四重奏曲においてであって、そこで展開される変奏曲の世界は若い時代のギャラントな雰囲気などは微塵もない音楽が展開されます。
そう言う意味では、この若い時代の一群の変奏曲は、ベートーベンがベートーベンになっていく過程を表現したものとなっています。
このチェロとピアのための3曲の変奏曲を見ても、ヘンデルの有名な主題による変奏曲は最も娯楽性の高い作品となっていますが、それが魔笛の主題による12の変奏曲から7つの変奏曲とたどっていくと、彼が次第にただの娯楽作品としての変奏曲形式から抜け出していこうとした軌跡が浮かび上がってきます。
とりわけ、最後の7つの変奏曲では、チェロはオブリガートとしての地位を解き放たれて、時にはピアノと対等に協奏的に演奏されます。それは、ピアノにおけるエロイカバリエーションとも似通ったものであり、単なる娯楽性から解き放たれて、緻密な構成をもとにして音楽を建造物のように仕上げていこう中期のベートーベンの姿が垣間見える作品となっています。
*ヘンデルの「見よ勇者は帰る」の主題による12の変奏曲 ト長調 WoO.45
表彰式の音楽としてあまりにも有名な音楽をテーマとした変奏曲です。初版譜に「オブリガートのチェロを伴う・・・」と記されているように、基本はピアノが主役の音楽であり、そこにチェロが彩りを添えるという構成になっています。これは、当時の弦楽器とピアノのためのソナタにおいては一般的な構成であり、ベートーベンもそのような世間の常識に従ったものです。
また、この作品を作曲した当時は、彼はピアニストとしての活躍も大きな部分を占めていたので、己の名人芸を披露するという意味合いも大きかったようです。
*魔笛の主題による12の変奏曲 ヘ長調 Op.66
この作品には66という番号が与えられていますが、それは出版された時期につけられたもので、作曲されたのは1790年代の後半頃と見られています。
テーマはパパゲーノが歌う有名なアリアで、これもまた娯楽性に富んだ作品になっています。また、ピアノが冒頭でその主題を呈示するのも、「オブリガートのチェロを伴う・・・」と言う約束事を踏襲したものだと言えます。
しかし、第10変奏まではきちんと16小節で構成しながら、11変奏では21小節、そして最終変奏には80小節も費やして音楽が持つ表現力を高めようとしているのは、常に前に進もうとする若きベートーベンの心意気がチラリとのぞいたように感じます。
*魔笛の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO.46
チェロとピノのための変奏曲としてはこれが最後の作品で、おそらく1801年頃に作曲されたものと思われます。
この作品は、前二作と比べると明らかにチェロは雄弁であり、時にはピアノと対等に渡り合う場面が数多く登場します。また、最後の第6変奏と第7変奏で雰囲気をがらりと変えながらも、それを前半部分と上手く調和させて一つの全体像を作り上げていく手法も、前作の12の変奏曲から引き継いだ手法ですが、実に上手くまとめ上げています。
この作品の出口には、疑いもなく中期のベートーベンへの道が続いています。
才気あふれるピアノ、美しくも風格あふれるチェロ
ハイフェッツやリッチなどを集中的にアップしたので、少しチェロの響きも聞きたくなって、真っ先に選んだのがこのフルニエとグルダのコンビによる録音です。
グルダはこの時の一連の録音を思い出して、「フルニエはあらゆる点で指導者」で、「非常に多くを学んだ」と語っています。
かなりの変わり者で、エキセントリックな面ばかりが強調されるグルダがこのような謙虚な言葉を語っていたという事実にまず驚かされます。
しかし、彼は途中でジャズに転向しようとしたときも、決してクラシック音楽が嫌になったわけでなく、自分が学んできた古い伝統的な音楽を土台に新しい方向を模索しようとしたものだったと言われています。その意味では、彼は伝統的な音楽というものを根底では大切にした人だったと言えるのですから、件の発言もその延長線上で捉えればそれほど違和感はないのかもしれません。
また、フルニエのチェロは非常に包容力が大きいように聞こえます。
この録音でも、(特に一連の変奏曲では)グルダはかなり奔放に振る舞っていて、そのあふれるような才気を遺憾なく発揮しています。そして、そう言う奔放なグルダのピアノをフルニエは実に大きな構えの中で包み込んでいるように聞こえます。そして、そのチェロの響きの何という美しいこと!!
なるほど、このような演奏だったら、グルダも本当に自分というものを発揮し、さらにはこの共演によって学ぶことは多かっただろうと納得できるます。
まさに、「才気あふれるピアノ、美しくも風格あふれるチェロ」が堪能できる録音です。
それから、こんな事を書いていて、ふと一つの光景を思い出しました。
最後の来日公演の時に、彼は「次は何を弾こうか?」と聴衆に語りかけました。すると、客席からは咄嗟に「アリア!!」という声がかえってきます。グルダは、「まさか、僕の?そんなのでいいの。」とこたえると客席は大拍手、そして彼は静かに「グルダのアリア」を演奏し始めました。
「そんなのでいいの。」という言葉は決して謙遜ではなく、彼の人柄の真実があらわれたものなのでしょう。
「フルニエはあらゆる点で指導者」で、「非常に多くを学んだ」と言う言葉も、そう言う彼の人柄の真実を伝えるエピソードなのでしょう。
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