ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93
バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1958年1月1日録音
Beethoven:交響曲第8番 ヘ長調 作品93 「第1楽章」
Beethoven:交響曲第8番 ヘ長調 作品93 「第2楽章」
Beethoven:交響曲第8番 ヘ長調 作品93 「第3楽章」
Beethoven:交響曲第8番 ヘ長調 作品93 「第4楽章」
谷間に咲く花、なんて言わないでください。
初期の1番・2番をのぞけば、もっとも影が薄いのがこの8番の交響曲です。どうも大曲にはさまれると分が悪いようで、4番の交響曲にもにたようなことがいえます。
しかし、4番の方は、カルロス・クライバーによるすばらしい演奏によって、その真価が多くの人に知られるようになりました。それだけが原因とは思いませんが、最近ではけっこうな人気曲になっています。
たしかに、第一楽章の瞑想的な序奏部分から、第1主題が一気にはじけ出すところなど、もっと早くから人気が出ても不思議でない華やかな要素をもっています。
それに比べると、8番は地味なだけにますます影の薄さが目立ちます。
おまけに、交響曲の世界で8番という数字は、大曲、人気曲が多い数字です。
マーラーの8番は「千人の交響曲」というとんでもない大編成の曲です。
ブルックナーの8番についてはなんの説明もいりません。
シューベルトやドヴォルザークの8番は、ともに大変な人気曲です。
8番という数字は野球にたとえれば、3番、4番バッターに匹敵するようなスター選手が並んでいます。そんな中で、ベートーベンの8番はその番号通りの8番バッターです。これで守備位置がライトだったら最低です。
しかし、ユング君の見るところ、彼は「8番、ライト」ではなく、守備の要であるショートかセカンドを守っているようです。
確かに、野球チーム「ベートーベン」を代表するスター選手ではありませんが、玄人をうならせる渋いプレーを確実にこなす「いぶし銀」の選手であることは間違いありません。
急に話がシビアになりますが、この作品の真価は、リズム動機による交響曲の構築という命題に対する、もう一つの解答だと言う点にあります。
もちろん、第1の解答は7番の交響曲ですが、この8番もそれに劣らぬすばらしい解答となっています。ただし、7番がこの上もなく華やかな解答だったのに対して、8番は分かる人にしか分からないと言う玄人好みの作品になっているところに、両者の違いがあります。
そして、「スター指揮者」と呼ばれるような人よりは、いわゆる「玄人好みの指揮者」の方が、この曲ですばらしい演奏を聞かせてくれると言うのも興味深い事実です。
そして、そう言う人の演奏でこの8番を聞くと、決してこの曲が「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、疑いもなく後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーであることに気づかせてくれます。
基本的にはミスマッチなのですが・・・。
バルビローリのベートーベンと言われてピント来る人はほとんどいないでしょう。
私たちにとってバルビローリと言えば、まずはシベリウスに代表される北欧系の作曲家や、世界的にはあまり人気があるとは思えない英国の作曲家達を積極的に取り上げた人というのが最初のイメージでしょう。そこに加えて、優れたマーラー指揮者であり、ドヴォルザークやチャイコフスキー等でとても個性的で優れた録音を残した人というのが続きます。
その特徴は、まず何よりもよく歌うこと、そして揺れ動きつつその音楽に込められたロマンティックな感情を恥ずかしげもなくさらけ出す度胸を持ち合わせていたことです。たとえば、ウィーンフィルと録音したブラームスの交響曲全集などは、よほどの度胸がなければあんな風に演奏できるものではありません。
ですから、バルビローリにとってベートーベンのような「構築型」の音楽はどう考えても相性がいいとは思いません。
調べてみたのですが、私の知る限りでは、ベートーベンの交響曲を録音したのは以下の通りです。
交響曲第4番:ニューヨークフィル 1936年録音
交響曲第5番:ハレ管弦楽団 1947年録音
交響曲第1番:ハレ管弦楽団 1958年録音
交響曲第8番:ハレ管弦楽団 1958年録音
交響曲第3番:BBC交響楽団 1967年録音
たったこれだけです。
そして、交響曲以外では、「コリオラン序曲(1937年録音)」「レオノーレ序曲第3番(1959年録音)」「エグモント序曲(1949年録音)」のような管弦楽曲と「ピアノ協奏曲第5番(1959年録音)」くらいしかないのではないでしょうか。
この時代の巨匠と言われた指揮者のなかでは、異例と言っていいほどの少なさです。
さて、少しばかりチェックを入れてみると、不遇のニューヨーク時代にケリをつけて、新たにハレ管弦楽団との関係を築き始めた頃に録音された「運命」が既にアップしていることに気づきました。そして、そこを読むとこんな風に書いてあります。
「この演奏を聴き始めたとき、ずいぶん小ぶりな運命だな、と思いました。しかし、聞き進むうちにこれは小ぶりなのではなくて「歌う運命」だと気づいた次第です。
音楽を歌わせることにかけては20世紀最高の指揮者と言ってもいいのがバルビローリです。それだけに、「音楽は構成だ!」と叫ぶこの作品に対しても、基本は「歌わせる」ことで徹底しています。
第2楽章を朗々と歌うのはまだしも理解できますが、その勢いで第3楽章においても入念に表情付けを行って実によく歌っています。
決してスタンダードな演奏とは言えませんが、いかにもバルビローリらしい「運命」となっています。」
我ながら、ポイント押さえて上手く書いているものだとほっと胸をなで下ろしました。
確かに、今回紹介した1番と8番の交響曲も、星の数ほども録音が出回っているなかで、無理をしてこの録音を選ぶ理由は何一つないでしょう。しかし、バルビローリとベートーベンという、どう考えてもミスマッチとしか言いようのない組み合わせであっても、徹底的にバルビローリ色に染め上げていく彼の芸を楽しみたいという人には興味深い録音です。
そう言う意味では、人格者として知られるこのジェントルマンも、その根っこの部分ではかなり「我」の強い人だったんだろうなと思わせられます。
そして、そんな「我」の強さが一番いい形で炸裂しているのが67年に録音された「エロイカ」でしょう。パブリックドメインになるにはかなりの時間が必要ですが、もし聞く機会があれば一度は聞いてみる価値があると思います。音楽が崩壊する寸前の遅いテンポで朗々と歌われるエロイカは、古典派の交響曲というよりは、まるでロマン派のシンフォニーのように響きます。
恐るべし、バルビローリなのです。
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