ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 op.93
クリュイタンス指揮 ベルリンフィル 1957年12月
Beethoven:交響曲第8番 ヘ長調 op.93 「第1楽章」
Beethoven:交響曲第8番 ヘ長調 op.93 「第2楽章」
Beethoven:交響曲第8番 ヘ長調 op.93 「第3楽章」
Beethoven:交響曲第8番 ヘ長調 op.93 「第4楽章」
谷間に咲く花、なんて言わないでください。
初期の1番・2番をのぞけば、もっとも影が薄いのがこの8番の交響曲です。どうも大曲にはさまれると分が悪いようで、4番の交響曲にもにたようなことがいえます。
しかし、4番の方は、カルロス・クライバーによるすばらしい演奏によって、その真価が多くの人に知られるようになりました。それだけが原因とは思いませんが、最近ではけっこうな人気曲になっています。
たしかに、第一楽章の瞑想的な序奏部分から、第1主題が一気にはじけ出すところなど、もっと早くから人気が出ても不思議でない華やかな要素をもっています。
それに比べると、8番は地味なだけにますます影の薄さが目立ちます。
おまけに、交響曲の世界で8番という数字は、大曲、人気曲が多い数字です。
マーラーの8番は「千人の交響曲」というとんでもない大編成の曲です。
ブルックナーの8番についてはなんの説明もいりません。
シューベルトやドヴォルザークの8番は、ともに大変な人気曲です。
8番という数字は野球にたとえれば、3番、4番バッターに匹敵するようなスター選手が並んでいます。そんな中で、ベートーベンの8番はその番号通りの8番バッターです。これで守備位置がライトだったら最低です。
しかし、ユング君の見るところ、彼は「8番、ライト」ではなく、守備の要であるショートかセカンドを守っているようです。
確かに、野球チーム「ベートーベン」を代表するスター選手ではありませんが、玄人をうならせる渋いプレーを確実にこなす「いぶし銀」の選手であることは間違いありません。
急に話がシビアになりますが、この作品の真価は、リズム動機による交響曲の構築という命題に対する、もう一つの解答だと言う点にあります。
もちろん、第1の解答は7番の交響曲ですが、この8番もそれに劣らぬすばらしい解答となっています。ただし、7番がこの上もなく華やかな解答だったのに対して、8番は分かる人にしか分からないと言う玄人好みの作品になっているところに、両者の違いがあります。
そして、「スター指揮者」と呼ばれるような人よりは、いわゆる「玄人好みの指揮者」の方が、この曲ですばらしい演奏を聞かせてくれると言うのも興味深い事実です。
そして、そう言う人の演奏でこの8番を聞くと、決してこの曲が「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、疑いもなく後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーであることに気づかせてくれます。
感心と感動
クリュイタンス&ベルリンフィルによるベートーヴェンの交響曲全集も、今回の9番と8番でとりあえず一段落です。残りの6番と1、2番は隣接権が消滅するのが12年なのでしばらく間があきます。
今回、最後の9番と8番をアップする前に改めて聞いてみたのですが、最近彼について考え続けてきたことをあらためて「なるほどな!」と納得した次第です。そして、その納得したことを書くとクリュイタンスが大好きな人達から顰蹙を買いそうなのですが、やはり思ったことは正直に書くべきでしょう。(何と言う、持って回ったいい方^^;)
9番も8番も、どちらも明晰で造形のしっかりとした演奏です。
8番の、延々とフォルテの指示が続くような部分でも決して荒っぽくなることがなく整然と音楽が進行していきます。第3楽章中間部のホルンの響きも実に魅力的です。
わたしが大好きな9番の第3楽章も、辛口の清酒のようなシャッキとしたメランコリーに溢れていてとってもいい感じです。それに、最後の合唱もこの時代としては意外なほどにがっちりとしたアンサンブルで、クリュイタンスのイメージする第9の世界にぴったりなように思えます。
つまり、どこをとっても実に『感心』させられることばかりで、それはこれ以前にアップした3番から7番にもすべて共通することです。
しかし、このすっかり『感心』させられた演奏を聞き続けてきて、とっても贅沢だとは思いながら、1つの不満を抑えることができないのです。
クリュイタンスのベートーヴェンはずいぶん前に聞いた記憶はあるのですが、ほとんど私の視界からは消えていました。そんな演奏がふたたび視界のなかに入ってきたのは、それらがパブリックドメインの仲間入りをしたからです。ですから、彼の第7番の演奏を聞いたときはほとんど初めてのようなもので、そのインテンポの鬼もいうべき演奏スタイルが醸し出す不思議な迫力におおいに魅了されたものでした。
しかし、彼のベートーヴェンを次々と聞き続けていくと、「おそらく、次はこんな感じだろうな!」という想像がほぼ外れることがありませんでした。もちろん、どの演奏も高いレベルで安定していて、明晰で風通しのよいベートーヴェンでした。そして、どれもこれも『感心』させられるばかりでした。
しかし、そこには『感心』している自分はいても、『感動』している自分がいないことに気づかずにはおきませんでした。
『感心』と『感動』は、一字違いですが大きな違いがあります。
感心するためには、その対象に対する一定の知識が必要ですが、感動するにはそんな薀蓄は必要ありません。フルトヴェングラーのベートーヴェンを聞けば、音の悪さは脇におけば、その異常かつ、異様な迫力に聞き手の多くは圧倒され、深く『感動』するはずです。
おそらく、クリュイタンスって、とってもいい人だったんだと思います。彼の演奏からは、どれを聞いても高い知性とエレガントな人柄が伺われます。
そう言えば、シューベルティアンさんが言い得て妙のコメントをしてくれていました。
「嗜好の近い人でアンセルメの演奏はたいへんおもしろく聞いているんですが、彼の指揮も見た目には非常に上品で緻密だけれど、どこかに「悪の華」の匂いがするんです。」
そう、おそらくクリュイタンスという人はこの「悪の華」から一番遠い処にいる人のように思えます。
あまりにも常識的で健全な人間というものは、他人を感心させることはできても感動させることはできないようです。
健康的で活気にみちた明るいマリア・カラスやエディット・ピアフなんてわたしには想像することもできません。破滅的としかいいようのない彼女たちの人生を振り返るたびに、もう少し常識をわきまえていればもっと長くすばらしい歌を聞かせてくれたのにと思うのですが、もしも彼女たちがそういう常識をわきまえた人間ならば、決して彼女たちはカラスにもピアフにもならなかったのでしょう。
おそらく彼女たちは神に愛された存在だったのでしょうが、その代償はあまりにも大きかったのでしょう。
そして、健全な常識人が努力の末にたどり着ける到達点をクリュイタンスが示してくれたとすれば、その先の恐ろしい世界があることを、数々の偉大な芸術家達=人格破綻者の群が示してくれているという図式なのでしょう。
そう思えば、逆説的ではありますがクリュイタンスの偉大さが浮かび上がってくるような気がします。
かみに愛されなくても、ここまでこれるんだ・・・と。
よせられたコメント
2010-05-07:Sammy
- つややかで明瞭な美しい演奏だと思いました。確かに予測可能感はあるのですが、私としてはわくわくはしなくても、その響きの美しさを楽しむことができましたし、作品をエンジョイさせるいい演奏ではないかと思います。
2010-05-07:いつものクリュイタンス好き
- そうですか…。
クリュイタンスは余りにも常識的で健全ですか…。
確かにそうかもしれません。
一般的にクリュイタンスとフルトヴェングラーを聞き比べてもらえば、
きっとフルトヴェングラーのほうが断然高評価でしょうね…。
毎回ここのコメント欄でクリュイタンスを絶賛させていただいていますが、
一方でいつもユングさんのコメントを感心しながら
拝見させていただいている人間としては、
今回のユングさんのコメントには非常に考えさせられます。
私の場合は、今のところ感心と感動がかなりイコールに近い人間のように思います。
いや、もしかして今まで感動したことが無いのか…
イヤイヤ、そんなわけ無いんだけどな…。
でも他の人の語っている“感動”のレベルまで至ったことは、
ひょっとしたら数えるほどしか無かったのかもしれません。
感涙したこととか殆ど無いですし…。
…芸術って本当に奥が深いですね…。
日頃の気持ちの有り様からもう少し振り返ってみようと思います。
2010-10-02:シウッティファン
- ユングさんのコメントはいつもとても楽しみに読ませていただいております。
大変遅れてですが、この文章も大変興味深く拝見しました。
実は、周りには言いづらいことですが、自分はフルトヴェングラーのドイツ音楽がどうも苦手なんです。彼だけでなくカラヤンとかトスカニーニも遠慮しておきたい。
確かに彼らの演奏は個性的で偉大なものだ、ということに疑いをさしはさむつもりはありません。しかしどうしても、指揮者の個性が強すぎて音楽だけを楽しむことが出来ないんです。
一般に言う「精神性」はこの個性が自分の好みとぴったりあったとき感じられるものだと自分は思っています。フルトヴェングラーの演奏に精神性を感じられる方が多いのは、彼が大勢の好みに合う音楽を作れるのが上手かった、ということではないでしょうか。
そして、そういう意味の精神性は、確かにハイティンクとかスイトナーとかカイルベルトのベートーヴェンにおいて強烈ではありません。でも作曲家の個性というものが一番素直に伝わってくるのは、そういう演奏のほうなのではないでしょうか。
クリュイタンスのベートーヴェンはそういった素直な感動にやわらかい洒脱さが加わってとても好きです。
2011-05-19:ジェネシス
- 岡俊雄さんか、藤田由之さんだったか失念しましたが、LP内周のマトリクス番号なんかを調べて、ミステリー解読のような連載をしていました。
で、このEMIのステレオ録音をわざわざ音を悪くして、フルベンの演奏だと偽って流通させた悪党がおりまして、周知、公然のこととして知られていました。
勿論、「レコゲイ」「オントモ」の志〇氏や村〇氏たちは絶賛しておられましたが。
この演奏、ステレオで聴きなおすと(セラフィムのLPですが)やはりベルリン.フィルにしては、エレガンスを感じてしまうのは、こちらの先入観なのかな。
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