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ベートーベン:ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 Op.23

Vn:グリュミオー P:ハスキル 1957年1月録音





Beethoven:ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 Op.23 「第1楽章」

Beethoven:ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 Op.23 「第2楽章」

Beethoven:ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 Op.23 「第3楽章」


初期に集中するベートーベンのヴァイオリンソナタ

ベートーベンのヴァイオリンソナタは、9番と10番をのぞけばその創作時期は「初期」といわれる時期に集中しています。9番と10番はいわゆる「中期」といわれる時期に属する作品であり、このジャンルにおいては「後期」に属する作品は存在しません。
ピアノソナタはいうまでもなくチェロソナタにおいても、「後期」の素晴らしい作品を知っているだけに、この事実はちょっと残念なことです。

ベートーベンはヴァイオリンソナタを10曲残しているのですが、いくつかのグループに分けられます。
まずは「Op.12」として括られる1番から3番までの3曲のソナタです。この作品は、映画「アマデウス」で、すっかり悪人として定着してしまったサリエリに献呈されています。
いずれもモーツァルトの延長線上にある作品で、「ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」という範疇を出るものではありません。しかし、その助奏は「かなり重要な助奏」になっており、とりわけ第3番の雄大な楽想は完全にモーツァルトの世界を乗り越えています。
また、この第3番のピアノパートがとてつもなく自由奔放であり、演奏者にかなりの困難を強いることでも有名です。

続いて、「Op.23」と「Op.24」の2曲です。この二つのソナタは当初はともに23番の作品番号で括られていたのですが、後に別々の作品番号が割り振られました。
ベートーベンという人は、同じ時期に全く性格の異なる作品を創作するということをよく行いましたが、ここでもその特徴がよくあらわれています。悲劇的であり内面的である4番に対して、「春」という愛称でよく知られる5番の方は伸びやかで外面的な明るさに満ちた作品となっています

次の6番から8番までのソナタは「Op.30」で括られます。この作品はロシア皇帝アレクサンドルからの注文で書かれたもので「アレキサンダー・ソナタ」と呼ばれています。
この3つのソナタにおいてベートーベンはモーツァルトの影響を完全に抜け出しています。そして、ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権を目指したのベートーベンの独自な世界はもう目前にまで迫っています。
特に第7番のソナタが持つ劇的な緊張感と緻密きわまる構成は今までのヴァイオリンソナタでは決して聞くことのできなかったスケールの大きさを感じさせてくれます。また、6番の第2楽章の美しいメロディも注目に値します。

そして、「クロイツェル」と呼ばれる、ヴァイオリンソナタの最高傑作ともいうべき第9番がその後に来ます。
「ほとんど協奏曲のように、極めて協奏風に書かれた、ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」というのがこの作品に記されたベートーベン自身のコメントです。
ピアノとヴァイオリンという二つの楽器が自由奔放かつ華麗にファンタジーを歌い上げます。中期のベートーベンを特徴づける外へ向かってのエネルギーのほとばしりを至るところで感じ取ることができます。
ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権というベートーベンがこのジャンルにおいて目指したものはここで完成され、ロマン派以降のヴァイオリンソナタは全てこの延長線上において創作されることになります。

そして最後にポツンと創作されたような第10番のソナタがあります。
このソナタはコンサート用のプログラムとしてではなく、彼の有力なパトロンであったルドルフ大公のために作られた作品であるために、クロイツェルとは対照的なほどに柔和でくつろいだ作品となっています。

ベートーベンのヴァイオリンソナタは「美しく」響かなければならない


 ハスキルとグリュミオーと言えば、50年代における黄金のコンビでした。その最良の産物がモーツァルトのヴァイオリンソナタであることは誰もが認めることでしょう。しかし、ここで紹介しているベートーベンのソナタも悪くはありません。
 50年代のグリュミオーの魅力は美音もさることながらその勢いでしょうね。彼は年を重ねるにつれて細部に注意の行き届いた丁寧な演奏に変わっていくように私には見えます。もちろん、それも悪くはなく、とりわけブラームスの室内楽などは実に渋くて格好いいです。とは言え、この若き時代の勢いのある演奏の魅力には格別のものがあります。そして、その様なグリュミオーに対してハスキルのピアノは実に慎ましく控えめです。人によってはその様なハスキルに反応の鈍さを感じる人もいるようですが、私などは、グリュミオーという若き才能を愛し、それを必死でもり立てようとするハスキルの思いがヒシヒシと伝わってきて好ましく思えます。

 この演奏にはベートーベンの持っている闘争的な面は稀薄です。それ故に、この演奏を低く評価する向きもあります。確かに、それがクロイツェルのような作品に対してなら納得できる面もあるのですが、それ以前のソナタは全てベートーベンの初期に位置する作品であり、基本的にはモーツァルトの延長線上にあることを考えれば、私にはいささか承伏しがたい評価です。それどころか、それら一連の作品をあまりにも闘争的に、かつ、重量級の重みで再現される方こそご免被りたいと思います。一般的には、その様な演奏の方が高く評価されるのですが、その手の演奏を聴いて今までいいなと思ったことが一度もありませんでした。
 以前に、シュナイダーハンとケンプのコンビによる演奏を評して「ベートーベンのヴァイオリンソナタがこんなにも「美しく」響くのを初めて聞いたような気がします。」と述べましたが、全く同じ言葉をこの演奏にも呈したいと思います。ベートーベンの初期様式の代表作とも言うべきヴァイオリンソナタは「美しく」響いてこそその真価が発揮されると確信しました。その事は、有名な第5番「スプリング」だけでなく、例えば、あまり有名ではない第6番の第2楽章などを聞くだけで誰もが納得していただけると思います。
 ベートーベンのヴァイオリンソナタはこのように響かなければならないのです。

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