モーツァルト:ピアノソナタ第8番 イ短調, K.310(Mozart:Piano Sonata No.8 in A minor, K.310/300d)
(P)アルトゥル・シュナーベル:1939年録音(Artur Schnabel:Recorded on 1939)
Mozart:Piano Sonata No.8 in A minor, K.310/300d [1.Allegro maestoso]
Mozart:Piano Sonata No.8 in A minor, K.310/300d [2. Andante cantabile con expressione]
Mozart:Piano Sonata No.8 in A minor, K.310/300d [3.Presto]
イ短調は絶望の調性

モーツァルトが短調で悲劇的な音楽を書いたとしても、それは決して個人的な出来事の反映ではありませんでした。彼は友人たちと馬鹿騒ぎしながらこの上もなくパセティックな音楽を書き、逆にどうしようもないどん底の状態にあっても明るく透き通るような作品を書きました。
個人レベルのあれこれの出来事が作品の性格に反映するのは凡人のすることであり、モーツァルトのような天才にとってその様な個人レベルの出来事は音楽の前にあってはどうでもいいような些事でしかなかったのです。
しかし、この第8番と呼ばれるイ短調のピアノソナタばかりはちょっと違うように思えます。モーツァルトはこれほどまでに悲劇的なピアノソナタをこの後も書くことはありませんでした。
このソナタは始めから終わりまで異常な緊張感と暗さに包まれています。中間の緩徐楽章はいくらかは慰めに満ちた旋律ではじまりますが、それもまた聞き進んでいくうちに不気味な緊張感が支配するようになります。最後のプレストも影に満ちた音楽です。
アインシュタインは、「このソナタには社交性がない。これはきわめて個人的な表現であって、この時代のあらゆる作品を見渡してみても似たものは見つからないであろう。」と述べて、「イ短調はモーツァルトにとって絶望の調性である」と断定しています。
アインシュタインが「個人的表現」と言ったのは、言うまでもなく、パリ旅行の途中に母を亡くしたことを意味しています。そして、この作品がその母の死と密接に結びついていることを指摘しているのです。さすがのモーツァルトと言えども母の死は彼の音楽に影響を与えざるを得なかったと言うことで、ユング君もこの見解には賛同します。
そして、これと同じような表情を見せる作品としてホ短調のヴァイオリンソナタ(K.304)があります。
ともに聞き手を深い孤独感に誘う音楽であり、モーツァルトの孤独な魂がそのまま音楽になったようだと言えば、あまりにも表現が文学的すぎるでしょうか。
父親のような賢明な讃美者
ちょっと手抜きを許していただいて、石崎さんが掲示板に書き込んでいただいた内容を転用して演奏紹介にかえさせてもらいます。これ以上に付け加えるべき事はないですからね。
リパッティの演奏と共に、他日、シュナーベルの演奏もUPしてもらいたいものです。
シュナーベルの演奏もリパッティによく似た、というよりも、むしろ、リパッティの演奏はシュナーベルのモーツァルト演奏を踏まえた表現になっていると言ったほうがより的確かもしれません。
二人の録音を聴き比べた限りでは、リパッティはシュナーベルが録音したKV310のSPレコードや実演を相当勉強して、自分なりに消化していたように感じられます。
ウォルター・レッグによると、リパッティは、ベートーヴェンの作品を演奏するには自分はまだまだ力が足りないと考えていて、なかなかベートーヴェンのソナタを演奏しようとはしなかったようです。
でも、それを説得して「ワルトシュタイン・ソナタ」を弾かせるようにしたのは「父親のような賢明な讃美者だった」シュナーベルだそうです。
リパッティとシュナーベルの熱い信頼関係をうかがわせるエピソードです。
あらためてシュナーベルのモーツァルト・ピアノソナタKV310のCDを聴きましたが、20世紀におけるモーツァルト演奏を確立した人ならではの名演だと感じました。
第1楽章のダルなところのないテンポ感覚もさることながら、第2楽章で、微妙に、時には大胆にテンポをゆらせながら音楽の核心に没入していく様は見事としか言いようがありませんでした。
よせられたコメント
【最近の更新(10件)】
[2025-03-28]

ラヴェル:スペイン狂詩曲(Ravel:Rhapsodie espagnole)
シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1950年12月26日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 26, 1950)
[2025-03-24]

モーツァルト:セレナード第6番 ニ長調, K.239「セレナータ・ノットゥルナ」(Mozart:Serenade in D major, K.239)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-21]

シューベルト:交響曲第2番 変ロ長調 D.125(Schubert:Symphony No.2 in B-flat major, D.125)
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1949年12月20日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 20, 1949)
[2025-03-17]

リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲, Op.34(Rimsky-Korsakov:Capriccio Espagnol, Op.34)
ジャン・マルティノン指揮 ロンドン交響楽団 1958年3月録音(Jean Martinon:London Symphony Orchestra Recorded on March, 1958)
[2025-03-15]

リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 ,Op.18(Richard Strauss:Violin Sonata in E flat major, Op.18)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)グスタフ・ベッカー 1939年録音(Ginette Neveu:(P)Gustav Becker Recorded on 1939)
[2025-03-12]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589(プロシャ王第2番)(Mozart:String Quartet No.22 in B-flat major, K.589 "Prussian No.2")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2025-03-09]

ショパン:ノクターン Op.27&Op.37(Chopin:Nocturnes for piano, Op.27&Op.32)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1956年発行(Guiomar Novaes:Published in 1956)
[2025-03-07]

モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425(Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1960年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1960)
[2025-03-03]

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調, Op.68(Brahms:Symphony No.1 in C Minor, Op.68)
アルトゥール・ロジンスキ指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック 1945年1月8日録音(Artur Rodzinski:New York Philharmonic Recorded on January 8, 1945)
[2025-02-27]

ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調(Debussy:Sonata for Violin and Piano in G minor)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)ジャン・ヌヴー 1948年録音(Ginette Neveu:(P)Jean Neveu Recorded on 1948)