ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調, Op.22(Wieniawski:Violin Concerto No.2 in D minoe, Op.22)
(Vn)ヤッシャ・ハイフェッツ:ジョン・バルビローリ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1935年3月18日録音(Jascha Heifetz:(con)Sir John Barbirolli The London Philharmonic Orchestra Recorded on March 18, 1935)
Wieniawski:Violin Concerto No.2 in D minoe, Op.22 [1.Allegro moderato]
Wieniawski:Violin Concerto No.2 in D minoe, Op.22 [2.Romance. Andante non troppo]
Wieniawski:Violin Concerto No.2 in D minoe, Op.22 [3.Allegro con fuoco - Allegro moderato, a la Zingara]
生き残った巨匠風協奏曲
独奏楽器の聞かせどころがあちこちに用意されていて、さらに名人芸を披露できるパッセージもふんだんに用意された協奏曲作品のことを「巨匠風協奏曲」と呼びます。
クラシック音楽というのは、何よりも精神性が大切にされますから(^^;、そんな耳に心地よい響きと旋律に満たされただけの作品というのは一段も二段も低くみられるのが一般的です。ですから、この言葉がいつ頃生み出されたのかは分かりませんが、褒め言葉として使われることはあまりないようです。
しかしながら、クラシック音楽の歴史を調べてみると、音楽作品というのは自分が演奏するために作られるのが一般的でした。つまりは、演奏家が自らの名人芸を披露するために新しい音楽を次々と生み出して、その作品をコンサートで次々と披露して生活をしていたのです。そして、その様な音楽家の頂点に君臨したのが、ヴァイオリンではパガニーニであり、ピアノではリストだったのです。
クラシック音楽の歴史というのは、そうやって次々と生み出された膨大な作品の中から、時間という絶対者によって淘汰された一握りの作品によって構成されていることに注意しておく必要があります。
今という時代から振り返ってみれば、パガニーニやリストの名前はいささか色あせて見えてしまいます。しかし、いかに色あせて見えても、彼らの作品と名前は後世に残りました。そして、ここで紹介しているヴィエニャフスキの協奏曲も「巨匠風協奏曲」に分類される作品なのでしょうが、今もコンサートプログラムとして生き残ることができました。
もちろん、クラシック音楽の歴史の中で燦然と輝くベートーベンやブラームスやメンデルスゾーンやチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と較べれば見劣りはするでしょうが、それでも彼の作品は生き残ったのです。
おそらく、18世紀から19世紀にかけて、数多くの巨匠たちが自らのコンサートのために生み出した音楽の大部分は、その時々のコンサートでは多くの聴衆を熱狂させながら、やがてはそれが存在したことすら忘れ去られて永遠に歴史の闇のかに消えていったのです。
クラシック音楽の世界では、19世紀も終わろうかとする頃から、同時代性を失っていきます。コンサートは巨匠たちの名人芸を楽しむ場から、演奏するに値する、弱からみれば鑑賞するに値する「すぐれた音楽作品」だけが取り上げられる場に変わっていったのです。それは、作曲家と演奏家が、それぞれの機能に特化して分離していくことも意味しました。
そう言う時代の流れの中で、演奏家の名人芸を披露するための協奏曲作品は低く見られるようになっていったのです。
そう言う歴史を振り返ってみれば、それでもなお生き残ったヴィエニャフスキやヴィオッティ、ヴュータンなんかは、やはり偉かったのです。
ただし、ヴィエニャフスキはヴィオッティ(29曲)、ヴュータン(7曲)とは違って、ヴァイオリン協奏曲を2曲しか残していません。ヴィエニャフスキはヴァイオリニストですから、ヴァイオリンのための作品しか書いていませんから、それはいかにも少なすぎる気がします。
しかし、これもまた調べてみれば、マズルカやポロネーズを取り入れた独奏曲をたくさん残していますから(だから「バイオリンのショパン」と呼ばれることもあるそうな・・・。)、得意分野はそちらだったのかもしれません。
しかしながら、このヴィエニャフスキは大変な早熟で、わずか8歳でパリ音楽院に入学を許され、さらには11歳で同学院のバイオリン演奏1等賞を獲得、その後はプロのヴァイオリン奏者としてヨーロッパ諸国を演奏して回る生活をおくるようになるのです。
そして、第1番のヴァイオリン協奏曲は18歳の時に書き上げたもので、そこには己の名人芸を披露するありとあらゆるテクニックが詰め込まれています。
それに対して第2番の協奏曲は叙情的な作品で、とりわけ第2楽章の「ロマンス」は有名です。こちらは、ペテルスブルグの音楽院に招かれた27歳の時の作品です。
こうしてみると、このヴィエニャフスキという男は同時代の指だけ回るヴァイオリニストとは一線を画す才能を持っていたようです。ちなみに、彼の生誕100年を記念して若手ヴァイオリニストの登竜門とも言うべき「ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール」が創設されました。
このコンクールは5年に1回開かれるのですが、今年はその5年目に当たるので第15回のコンクール(本選)が、ポーランドのポズナンにおいて10月8日から23日にかけて開催されるそうです。
ヴァイオリン協奏曲第1番 嬰ヘ短調
アレグロ・モデラート Allegro moderato:重音奏法やハーモニクスを駆使した超絶技巧が必要な楽章
「祈り」ラルゲット Preghiera: Larghetto:短い抒情的な間奏曲
「ロンド」アレグロ・ジョコーゾ Rondo: Allegro giocoso:高い技術が必要だが第1楽章と較べるといささか物足りない
ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調
アレグロ・モデラート Allegro moderato
「ロマンス」アンダンテ・ノン・トロッポ Romance: Andante non troppo
アレグロ・コン・フォーコ?アレグロ・モデラート(ジプシー風に) Allegro con fuoco - Allegro moderato (a la Zingara)
うーん、この作品に関しては「クラシック音楽の歴史の中で燦然と輝くベートーベンやブラームスやメンデルスゾーンやチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と較べれば見劣りはするでしょうが」という言葉は撤回した方がいいでしょう。(^^;ヴァイオリンが持つ官能性をこれほど見事に引き出した作品は他には思い当たりませんね。
汗の一滴も感じさせない
ハイフェッツの手になるベートーベンとかブラームスとかメンデルスゾーンなどの大物協奏曲と言えば、50年代のステレオ録音でもって代表するのが常識です。もちろん、それらは全て素晴らしい演奏であり、それでもって代表させられても何の不都合もありません。
しかし、ヴァイオリン協奏曲というのはソリストにとってはかなり過酷ながんばりを要求します。
何故ならば、オーケストラというのは基本的には弦楽合奏が骨格を為していて、そこに管楽器や打楽器などが加わると言うものだからです。つまり分厚い弦楽器の響きが骨格を作っていて、それらと全く同質の響きを持ったわずか一挺のヴァイオリンでその分厚い響きに対抗しなければいけないからです。
ソロのヴァイオリンは分厚い弦楽器群の響きに埋没しそうになりながらも、そこを死力を振り絞って乗りこえていかなければいけないのです。
多くのソリストがストラディヴァリウスなどの特別な楽器を求めるのは、そう言う弦楽器群の分厚い響きを乗りこえていく特別な響きを持っているからです。もちろ、ヴァイオリン協奏曲が持つそう言う困難さは作曲家も分かっていますから、ソロ・ヴァイオリンの響きを尊重してオーケストラの弦楽器群が被さってくることのない様に配慮している作品も数多く存在します。
しかし、そう言う配慮は音楽をある種の枠にとどめることになってしまいますから、ベートーベンやブラームスなんかになるとそう言うことには無頓着とまでは言いませんが、それほどの配慮はせずに「ソリストの人頑張ってね」みたいな態度を取ります。
そして、贅沢な聞き手はそう言う「がんばり」をソリストに期待してコンサート会場に向かうわけです。
若い頃なら体力も気力も充実しているので「それならば勝負してやろうじゃないか!」と舞台に登場するのでしょうが、年を重ねると、何もそこまで無理して頑張らなくてもいいのではないかと思うようになっていくものです。
そして、その事はハイフェッツほどのヴァイオリニストでも避けがたいことで、晩年は室内楽の演奏がメインになっていきました。実際のコンサートではほとんど協奏曲は演奏しなくなったのではないでしょうか。
それは、ピニストでも同様で、ピアノのように一台でオーケストラに対抗できる楽器であっても、晩年は協奏曲から離れていくピアニストが大多数ですから、ヴァイオリニストならば何をかいわんやです。
ですから、30年代や40年代に録音したハイフェッツの協奏曲の録音は、極めて優れたステレオ録音が存在して言えても敢えて聞く価値があるのです。
それらを聞いていてまず感じるのは、ヴァイオリンという楽器はこんなにも軽々と演奏できるものなのかという驚きです。そこには一滴の汗すらも感じさせません。そして、軽々とそのヴァイオリンは涼しい顔をしてオーケストラの上を駆け抜けていくのです。
そう言えば、50年代のステレオ録音を聞いて、悪くはないけれども、ハイフェッツの凄みはそう言う大物の協奏曲よりは小品の方にこそあらわれているという声をよく聞きます。実際、私もそう感じるひとりです。
しかし、こういう30年代から40年代の録音を聞けば、そう言う言葉は絶対に出てこないでしょう。
ハイフェッツの凄さを本当に味わいたいのならば、この時代の協奏曲の録音は絶対に外せないのです。
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