モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482(cadenzas:Hummel)
(P)アニー・フィッシャー ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年2月28日&3月1日,2日&10日録音
Mozart:Piano Concerto No.22 in E-flat major, K.482 [1.Allegro]
Mozart:Piano Concerto No.22 in E-flat major, K.482 [2.Andante]
Mozart:Piano Concerto No.22 in E-flat major, K.482 [3.Allegro]
ここには断絶があります。
- 第20番 K.466:1785年2月10日完成
- 第21番 K.467:1785年3月9日完成
- 第22番 K.482:1785年12月16日完成
- 第23番 K.488:1786年3月2日完成
- 第24番 K.466:1786年3月24日完成
- 第25番 K.491:1786年12月4日完成
9番「ジュノーム」で一瞬顔をのぞかせた「断絶」がはっきりと姿を現し、それが拡大していきます。それが20番以降の作品の特徴です。
そして、その拡大は24番のハ短調のコンチェルトで行き着くところまで行き着きます。そして、このような断絶が当時の軽佻浮薄なウィーンの聴衆に受け入れられずモーツァルトの人生は転落していったのだと解説されてきました。
しかし、事実は少し違うようです。
たとえば、有名なニ短調の協奏曲が初演された演奏会には、たまたまウィーンを訪れていた父のレオポルドも参加しています。そして娘のナンネルにその演奏会がいかに素晴らしく成功したものだったかを手紙で伝えています。
そして、これに続く21番のハ長調協奏曲が初演された演奏会でも客は大入り満員であり、その一夜で普通の人の一年分の年収に当たるお金を稼ぎ出していることもレオポルドは手紙の中に驚きを持ってしたためています。
そして、この状況は1786年においても大きな違いはないようなのです。
ですから、ニ短調協奏曲以後の世界にウィーンの聴衆がついてこれなかったというのは事実に照らしてみれば少し異なるといわざるをえません。
ただし、作品の方は14番から19番の世界とはがらりと変わります。
それは、おそらくは23番、25番というおそらくは85年に着手されたと思われる作品でも、それがこの時代に完成されることによって前者の作品群とはがらりと風貌を異にしていることでも分かります。
それが、この時代に着手されこの時代に完成された作品であるならば、その違いは一目瞭然です。
とりわけ24番のハ短調協奏曲は第1楽章の主題は12音のすべてがつかわれているという異形のスタイルであり、「12音技法の先駆け」といわれるほどの前衛性を持っています。
また、第3楽章の巨大な変奏曲形式もきくものの心に深く刻み込まれる偉大さを持っています。
それ以外にも、一瞬地獄のそこをのぞき込むようなニ短調協奏曲の出だしのシンコペーションといい、21番のハ長調協奏曲第2楽章の天国的な美しさといい、どれをとっても他に比べるもののない独自性を誇っています。
これ以後、ベートーベンを初めとして多くの作曲家がこのジャンルの作品に挑戦をしてきますが、本質的な部分においてこのモーツァルトの作品をこえていないようにさえ見えます。
「Andante」楽章の優美な音楽が始まった瞬間、オケの響きが変わる
この録音はすでに紹介しているK.467のハ長調コンチェルトと同時に収録されていますから、サヴァリッシュ先生の響きは変わりません。実に威勢よく第1楽章冒頭の導入部が開始されます。
まあ、日を接して録音しているのですから、変わる方が不思議です。
さて、問題はカデンツァです。
モーツァルトは総譜とは別にカデンツァもスコアとして残している作品が多いのですが、20番以降の後期の作品では23番と27番しか残っていません。
もちろん、カデンツァなのですから、たとえモーツァルトのスコアが残っていてもそれを無視して好きに演奏しても「間違い」ではありません。ただし、その「好き」に演奏した結果に関してはピアニストが全面的に責任を負う必要があります。
同じように、モーツァルトのカデンツァの変わりに別の人が書いたカデンツァを採用したとしても、その責任はカデンツァを書いた人ではなくて、そのカデンツァを選択したピアニストが追うべき筋のものです。
ですから、モーツァルトがカデンツァを残している作品でそれを無視するというのはよほどの覚悟が必要となります。
しかし、モーツァルトのカデンツァが残っていない作品であれば、そう言う悩ましい問題からは取りあえず解放されて、ある程度の自由度は確保されます。
一つは自分でカデンツァを書くか、もしくはすでに存在しているカデンツァを採用するかです。
そして、フィッシャーはハ長調コンチェルトではロマン派ピアニストの雄とも言うべきブゾーニのカデンツァを採用して聞き手の度肝を抜いたのですが、この作品ではモーツァルトの弟子であったフンメルのカデンツァを採用しています。
すでに、ブゾーニのカデンツァで「ガツン」とやられていますので、今回は十分に身構えて待ち受けることが出来ました。(^^;
しかし、モーツァルトの作品をロマン派好みの協奏曲として受け取って、それに相応しいと思えるカデンツァをつけたブゾーニと違って、フンメルのカデンツァはきわめて上品です。上品ですから、面白いとは思っても「ガツン」と来ることはありません。
フンメルは、少年時代にモーツァルト家に住み込んでピアノを学んだ人ですから、おそらくは間近でモーツァルトの即興演奏を聞いていたはずです。
ですから、このカデンツァはスコアとしては残らなかったモーツァルトのカデンツァに近いものかもしれません。
ところが、今回は、そのカデンツァが終わり、コーダに突入して第1楽章が閉じられた後に驚きがやってきたのです。
第2楽章の「Andante」楽章の優美な音楽が始まった瞬間、オケの響きが変わっているのです!!
もっとも、ハ長調コンチェルトの第2楽章ほど有名ではないですが、美しさという点ではこの「Andante」楽章も負けていません。ですから、こういう陰影を帯びたふわりとした響きになるのはある意味では当然なのですが、まあ、最初の内だけだろうと思っていると、最後までこの響きで押し切っているのです。
そして、驚くのは、そ響きは最終楽章にまで引き継がれて音楽は閉じられるのです。
そうなると、あの第1楽章の威勢のいい出だしは何だったんだという思いにさせられるのです。
これってもしかしたら、ずっと我慢していたフィッシャーがついに切れて、「貴方、いい加減にしてよね!」とでも啖呵を切ったのでしょうか。
まあ、そんなことはないでしょうが(^^;、それでもこの変身ぶりは実に大切なことを気づかせてくれます。
それは、モーツァルトを演奏するオーケストラは純粋器楽を演奏するオーケストラではなくて、オペラを演奏する「物語る」オーケストラでなければいけないと言うことです。
第1楽章の威勢のいい出だしは疑いなく純粋器楽を演奏するオーケストラの響きでした。
しかし、アンダンテ楽章に入った瞬間にフィルハーモニア管はオペラのオケに変身しています。
それが一番よく分かるのは色彩感にあふれた木管楽器の響きです。
そして、それを包み込む陰影にあふれた弦楽器群の響きです。
その優美な響きは物語の舞台をつくり出し、その舞台の上で独奏楽器のピアノが歌い出すのです。
確かに、それは「立派」な姿にはなりませんが、聞くものの心にしみじみと染み込んでくる深い情にあふれた音楽にはなっています。そして、フンメルのカデンツァもまたその様な音楽に相応しいカデンツァだったのだと気づかされます。
いささかちぐはぐな感じは残るのですが、それでも最後には美しいモーツァルトを聞かせてもらったと言う感じは残ります。
そして、サヴァリッシュ先生に対して恐れ多い物言いになってしまうのですが、こうして若き音楽家は鍛えられていくのかな、とも思ってしまうのです。
この時、アニー・フィッシャーは54才、まさに脂ののりきった、心技体ともに充実した絶頂期だったはずです。
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