ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
P:ルービンシュタイン スクロヴァチェフスキ指揮 ロンドン新交響楽団 1961年6月8&9日録音
Chopin:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11 「第1楽章」
Chopin:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11 「第2楽章」
Chopin:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11 「第3楽章」
告別のコンチェルト
よく知られているように、ショパンにとっての協奏曲の第1作は第2番の方で、この第1番の協奏曲が第2作目の協奏曲です。
1930年4月に創作に着手され、8月には完成をしています。初演は、同年の10月11日にワルシャワ国立歌劇場でショパン自身のピアノ演奏で行われました。この演奏会には当時のショパンが心からあこがれていたグワドコフスカも特別に出演をしています。
この作品の全編にわたって流れている「憧れへの追憶」のようなイメージは疑いもなく彼女への追憶がだぶっています。
ショパン自身は、この演奏会に憧れの彼女も出演したことで、大変な緊張感を感じたことを友人に語っています。しかし、演奏会そのものは大成功で、それに自信を得たショパンはよく11月の2日にウィーンに旅立ちます。
その後のショパンの人生はよく知られたように、この旅立ちが祖国ポーランドとの永遠の別れとなってしまいました。
そう意味で、この協奏曲は祖国ポーランドとの、そして憧れのグワドコフスカとの決別のコンチェルトとなったのです。
それから、この作品はピアノの独奏部分に対して、オーケストラパートがあまりにも貧弱であるとの指摘がされてきました。そのため、一時は多くの人がオーケストラパートに手を入れてきました。しかし最近はなんと言っても原典尊重ですから、素朴で質素なオリジナル版の方がピアノのパートがきれいに浮かび上がってくる、などの理由でそのような改変版はあまり使われなくなったようです。
それから、これまたどうでもいいことですが、ユング君はこの作品を聞くと必ず思い出すイメージがあります。国境にかかる長い鉄橋を列車が通り過ぎていくイメージです。ここに、あの有名な第1楽章のピアノソロが被さってきます。
なぜかいつも浮かび上がってくる心象風景です。
ほとんど私の妄想みたいなものですが・・・。
これから書くことは、私の全くの妄想です。できれば、気楽に読み流していただければと思います。
今回、意地悪く2種類の音源を同時にアップしてみました。
- ウォーレンステイン指揮 ロサンジェルス・フィル 1953年12月12日録音
- スクロヴァチェフスキ指揮 ロンドン新交響楽団 1961年6月8&9日録音
ピアニストは当然のことながら両方ともルービンシュタインです。
さて、この二つを聞き比べてみると、8年の隔たりがあるのですが、全く別人かと思うほどに様相が異なります。オケに関して言えば、61年の録音はステレオですから、実にふくやかで広がりのある響きが楽しめます。それと比べると、53年のモノラル盤はかなりソリッドでドライな響きです。
しかし、そのようなことを差し引いても、あくまでも逞しく強靱な響きで全曲を押し切っている53年盤のルービンシュタインには大きな魅力を感じます。悪く言えば、61年盤ではルービンシュタインは「ヘタレ」になっています。
しかし、この数週間、ひたすらルービンシュタインの録音を聞き続けていくうちに、ある考えが閃きました。
それは、1960年のショパンコンクールでのポリーニの「発見」が、ルービンシュタインに大きな転換をもたらしたのではないかという考えです。
ルービンシュタインは、この年のコンクールでポリーニを絶賛し「今ここにいる審査員の中で、彼より巧く弾けるものが果たしているであろうか」と賛辞を送ったことはよく知られたエピソードです。そして、その優勝の年にポリーニはこのコンチェルトを録音しているのですが、その録音を聞くと、何故にルービンシュタインがポリーニを絶賛したのかがよく分かります。
「ここには「曖昧」という言葉は一切存在しません。普通のピアニストであれば、何となく雰囲気で弾きとばしてしまうような部分であっても、ポリーニの場合はその中に含まれるどんな小さな音をも曖昧にしないで弾ききっています。」
「このようなピアニズムこそが、ルービンシュタインが生涯をかけて求め続けながらも結局は手に入れることのできなかったもの・・・です。」
ここからは私の全くの妄想です。
おそらく、このコンクールでポリーニを発見したときに、ルービンシュタインは驚きと同時に、ほくそ笑んだはずです。
何故ならば、絶対無比で、並ぶべきものもない存在であったホロヴィッツの牙城が崩れる時がきたことを予感できたからです。
ルービンシュタインという人は正直な人です。
彼がいかにピアノの王様と絶賛されても、その背後には常にホロヴィッツの影がちらつき、彼の完璧なピアニズムには到底届かないことにコンプレックスを感じていることを正直に語っています。
ですから、50年代のモノラル録音には、ホロヴィッツには負けるものかという気負いが感じられます。しかし、そのおかげで彼は一流のピアニストへと成長し、後年のステレオ録音のへたれたルービンシュタインしか知らない人には想像もできないような強靱さで音楽を構築していたのです。
しかし、どうやら、ホロヴィッツという「存在」も、いつまでも絶対的な存在ではなくなりつつあることを、彼はポリーニのなかに見いだしたのでしょう。
ホロヴィッツの完璧無比なテクニックは、それに比肩するものがいない時はその価値は絶対的なものでした。しかし、それに肩を並べるものが次々と現れてくれば、その価値は低下し、輝きも色褪せるはずです。
そうなれば、いつまでもホロヴィッツに張り合って、ホロヴィッツ張りの演奏をする必要もなくなると言うことです。
そうして、己の立ち位置をもう一度冷静に振り返ってみれば、自分は持っていてもホロヴィッツにはないものがあることに気づいたはずです。
例えば、肩の力を抜いてリラックスしているように見えながらも、テンポルパートによる豊かな歌心で何とも言えない味わい深い世界を描いていく能力など・・・です。
つまりは、もう無理して、ホロヴィッツと張り合う必要はないんだ、そんなしんどい仕事はこれからは若手が肩代わりをしてくれるだろう・・・なんてことを思ったのではないでしょうか。
まあ、早い話が、ホロヴィッツ対抗路線をやめてしまったのです。
そう思ってしまうほどに、60年、61年をさかいにルービンシュタインの芸風が変化したように思えます。そして、このリラックス路線に転換したが故に、彼は最後の最後まで現役の「一流ピアニスト」として活躍することができたのです。
ただし、その方向転換によって、聞くに値しないピアニストと判定する人もいたのですが、多数の人々は「堂々とした風格あふれる演奏」であるとか、「作品を完全に手中に収めた老練な表現」であるとか、「淡々とした表現のなかにまろやかでコクのある叙情を浮かび上がらせる」とか、果ては「高潔で格調の高い表現のなかに、老いても失われない新鮮さがにじみ出ている」などと絶賛されることになったのですから、基本的には大成功だったのでしょう。
実に、したたかな爺さまです。
まあ、私の妄想の域を出ませんが・・・。
よせられたコメント
2012-06-08:ろば
- ウォーレンステイン、スクロヴァチェフスキ、両方拝聴しました。
結果としてはこちらのスクロヴァチェフスキの方が好ましく感じました。
ただ、自分がつまらないと感じたルービンシュタインの癖みたいなものが出始めたような感じで、その辺は引っかかるところです。
どうして自分がステレオ録音時代のルービンシュタインがいまいちなのか考えてみたのですが、どうもミスタッチを減らして丁寧に弾いているところが安穏としていて刺激が足りないように感じてしまうようです。
ミスタッチが多くても己の情念をぶつける演奏が好きなんだと、今更ながら気づきました。
とは言え、こうした丁寧な、楷書的な演奏も満足してしまうのは40歳という年齢になったせいなのかなんなのか、自分でもよくわからないです。
ウォーレンステインの時と同様に7点ですが、細かく点数をつけることが出来れば7.5点でしょうか。
2012-06-13:カンソウ人
- ショパンのピアノ協奏曲のオケパートは手を入れる人がたくさんいますね。
シュタインウェイなどの現在の最高級グランドピアノで弾くと弱いような気がします。
それは、ベーゼンドルファーでもヤマハでもカワイでも、グランドの最高のものであるならば、ガンガン弾けばそうなるかもしれません。
ショパンが実際に書いた音符ならば、愛情込めて演奏したいと思うのは当然です。
ショパンコンクールの上位入賞者ならば、コンクールの後、至る所で引きずり回されてショパンのコンチェルトばかり弾くことになるでしょう。
コンクールでの熱い雰囲気の再現は、ワルシャワのあの場でなければ不可能です。
誰それのオーケストレーションの手が入ってない方が、あの場には相応しいようにも思います。
現在最高のピアニストの一人であるジメルマンの若いころのインタビューのビデオを見ました。
そもそも、ビデオが白黒・・・。
まず、ポーランドのオケとの共演では、残念だけれどオケが下手くそで、管楽器のソロが精妙なピアノパートに合わない。
指揮者も、アンサンブルが良くない事に無頓着に見える。
ジメルマンは、バーンスタインとも共演していたし、レコードでもジュリーニのロスフィルのも出ていたから、悲しく思わない筈がない。
後年、自分でオーケストラを組織して、指揮もして、2曲だけで世界を回って・・・。
スクロヴァチェフスキの指揮は、もう本当に、相当良いですね。
ピアノにぴったりと合わせるなんて、目標になっていませんね。
テンポの調整も、巨匠ルービンシュタインのルバートにぴったりと合わせるだけじゃないです。
強弱や音色のニュアンスも、合っています。
ピアノは音を出してしまえば、無責任ですが、背景は音量や微妙に色が変わり続ける。
ショパンって、本当に素晴らしい曲を書いたのですね。
その他の幾多ある、今では音楽史に埋もれてしまった、同様のピアノ協奏曲とは違うのです。
木管と弦楽合奏の音量の調整も、金管楽器の合いの手も、オーケストラへの要求は高いです。
この程度で良いという物じゃないですね。
こういう要求って、余り高いと、オケが下手に聞こえる場合があります。
志が高いです。
この指揮者、今や最高齢の巨匠で、3年前N響を振っていました。
オーボエの茂木さんがN響アワーで、とっても褒めていました。
細かいこと要求するのだけれど、面倒なのだけれど・・・。
あの人の指揮した後では、その曲がどれだけ素晴らしいことがわかるって言っていました。
ベートーベンが書いた運命って本当に素晴らしい曲なんだってね。
このショパンの演奏の良さは、指揮者に半分以上依っています。
ピアニストの比類なく素晴らしさも、引き立っています。
2017-02-23:コタロー
- この演奏でルービンシュタインを見事にサポートしている、スクロヴァチェフスキ氏が、この2月20日、93歳の高齢でお亡くなりになりました。
新聞に掲載された訃報によると、彼はポーランド出身だったのですね。ショパンとの不思議な「縁」を感じますね。
スクロヴァチェフスキ氏には、「本当に長い間お疲れ様でした」の言葉を送りたいです。合掌。
2023-06-18:クライバーファン
- あまり面白い演奏に感じませんでしたが、弱音で美しい響きは十分にありました。ただペダルを踏みすぎなのか浮遊感が全くないのと、スタジオ録音のせいか、音楽に勢いが全くないですね。
ちょっと前に、ヨーゼフ・ホフマンがバルビローリと1938年に録音した同じ曲の放送録音を聞きましたが、雲泥の差です。いつか、ルービンシュタインが同じくバルビローリと録音した1937年の録音も聴いてみますが、おそらくホフマンのような極めて軽い音の妙味なんかはルービンシュタインには期待できそうにありません。
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