チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」(第3稿)
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1964年4月14日録音
Tchaikovsky:Romeo and Juliet(Overture-Fantasia:,3rd version)
音楽によって一編の戯曲を堪能できる
この作品はチャイコフスキーの初期を代表する管弦楽曲と言ってもいいでしょう。と言うか、彼の初期作品の中で、今も演奏会で頻繁に取り上げられるのはこの作品だけかもしれません。
おそらく、その理由は「分かりやすさ」でしょう。
「ロミオとジュリエット」は誰もが知っている悲劇の物語だけです。その、誰もが知っている物語をものの見事に音楽で表現しきったのがこの作品です。
冒頭の教会音楽を思わせるようなメロディは修道僧ロレンスを表現しています。しかし、その静かな音楽はシンバルの強打とシンコペーションを活用した音楽によって、場面は一転して皇帝派のモンタギュー家と教皇派のキャピュレット家との血で血を洗う抗争が表現されます。音楽がもつれ合い、そのもつれが次々と積み重なっていくことによって両家の深刻な対立が見事に描き出されていきます。
このあたりの手際は実に見事です。
そして、このもつれ合いが一段落すると、それに変わってロミオとジュリエットの愛の調べが流れてきます。
この二つが作品の基本でして、やがて展開部にはいるとこの二つの主題が交差していきます。そして、ヴァイオリンが壮麗に愛の調べを奏するのですが、それも一瞬にして葛藤のテーマが断ち切ってしまいそのまま終結部へとむかってなだれ込んでいくような風情となります。
しかし、その葛藤もティンパニーの一撃で沈黙させられ、人々は取り返しのつかない悲劇が起こったことを知らされます。
音楽は今までの葛藤の騒がしさから一転して静けさの中に沈み込み、ロミオとジュリエットの愛のテーマが切れ切れに聞こえてきます。そして、やがてその愛のテーマは木管群によって美しく奏され、ハープのアルペッジョによって二人の魂は天上へと登っていくことを暗示して静かに曲は閉じられます。
要は、葛藤のテーマと愛のテーマさえつかんでしまえば、そして「ロミオとジュリエット」のあらすじを知っていれば、まさに音楽によって一編の戯曲を堪能できるのです。
実にもって、これぞ「標題音楽」とも言うべき分かりやすい作品です。
華麗で美しく、そして楽しく
吉田大明神が、オーマンディを文化の「保守者(キーパー)}と断じたの影響はこの国では大きいでしょう。オーマンディを高く評価する人はこの国では決して多くはありません。
しかし、オーマンディとフィラデルフィア管が作り出す音楽の平均点は決して低くはないと思います。
おまけに、このコンビのレパートリーは非常に広いので、たまには違う音楽を演奏しろよ!と言いたくなってしまた今は亡きクライバーさんなんかとは真逆の存在です。
これほどの多様性に満ちた音楽をこれほどのクオリティで、はずれ無しに演奏できるというのは凄いことです。
しかし、時の流れの中で振り返ってみれば、どうしてもこのコンビでなければ!とか、是非ともこのコンビでの録音で聞いてみたい!と言えるような録音はほとんど見あたらない様に思っていました。そういう風に書いたことも記憶にあります。
しかし、昨今の精緻で透明感に溢れてはいるものの、どこか蒸留水のように無色無臭な音楽が増えてくると、オーマンディとフィラデルフィア管が作り出す響きは非常に貴重な存在ではないかと思うようになってきました。
例えば、今ここで聞いてもらっている一連のチャイコフスキー作品のように、どれを聞いても華麗で美しく、そして楽しさに溢れた音楽作りは十分に魅力的なのです。
さらに言えば、その造形はきわめて真っ当でありスタンダードであって、どこにも奇をてらったところはないのですなのです。(序曲19812年での大砲の乱れうちはやり過ぎかもしれませんが・・・^^;)
当然の事ながら、スタンダードに徹してここまで聞かせるというのは、例えばアバドなんかもそう言う側面があったのですが、結構大変なことなのです。(何もしていないように見えて、聞き進んでいくうちに胸が熱くなってくる。)
吉田大明神は、同じように独裁政治体制を敷いてオケに君臨したオーマンディとセルを較べて「創造者(クリエーター)」と「保守者(キーパー)」の違いを指摘したのですが、そこからさらに時を経てみれば、オーマンディがつくり出したフィラデルフィアサウンドは、十分に「創造者(クリエーター)」たる資格があるように思われてくるのです。
確かに、セルとオーマンディでは方向性が全く違っていましたから、セルの側に肩入れをすれば吉田秀和の言葉は見事なまでに正鵠を得ていたのかもしれません。
しかし、音楽が持っている多様性を幅広く受容する気になれば、もっと有り体に言えば、あれこれ難しいことは考えないでただ美しく華やかな音楽を楽しみたいだけなんだと開き直ってみれば、それはまたオーマンディにはあってセルにはなかった貴重な資質だったことに気づくのです。
とりわけ、こういう華やかさを追求したチャイコフスキーの管弦楽作品ならば、オーマンディの魅力が十分に堪能できるのではないでしょうか。
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