クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ワーグナー:ジークフリート牧歌

ハンス・クナッパーツブッシュ指揮:ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月1日録音





Wagner:Sigfried Idyll


階段の音楽

この作品の誕生に関わるエピソードはあまりにも有名です。

ジークフリート牧歌は、1870年、晴れて自分の妻となったコジマへの誕生日プレゼントとして創作されました。しかし、コジマの誕生日までそのプロジェクトは極秘であり、練習も家族に知られないように行われたと言います。
そして、誕生日当日の朝、コジマは美しい音楽で目をさますことになります。階段に陣取った17名の演奏家とワーグナーによる彼女へのプレゼントが同時に世界初演となったわけです。
そして、音楽が終わると、ワーグナーはうやうやしく総譜をコジマに手渡したと言います。

なかなかやるもんです。
そして、コジマと子供たちはこの作品を「階段の音楽」と呼んで何度も何度もアンコールしたと言うエピソードも伝わっています。

こういうお話を聞くとワーグナーってなんていい人なんだろうと思ってしまいます。しかし、事実はまったく正反対で、音楽史上彼ほど嫌な人間はそういるものではありません。(-_-;)おいおい

ただ、コジマとの結婚をはたし、彼女とルツェルンの郊外で過ごした数年間は彼にとっては人生における最も幸福な時間でした。そして、その幸福な時代の最も幸福なエピソードにつつまれた作品がこのジークフリート牧歌です。
それ故にでしょうか、この作品はワーグナーの作品の中では最も幸福な色彩に彩られた作品となっています
こういうのを聴くと、つくづくと人格と芸術は別物だと思わせられます。

ウィーンフィルの素朴で美しい響きが堪能できる


クナッパーツブッシュとウィーンフィルは1955年3月29日から4月1日にかけてムジークフェラインザールで以下の2曲をセッション録音しています。レーベルは言うまでもなくDeccaです。
残念なのは、1955年と言えばすでにDeccaはステレオ録音を開始していた時期なのですがモノラルでしか録音されていなかったことです。
収録されたのは以下の2曲です。

  1. ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」(1888,Loewe edition)

  2. ワーグナー:ジークフリート牧歌


この組み合わせによるブルックナーのセッション録音は前年の3番「ワーグナー」に続くもので、それはこの翌年の第5番の録音へと引き継がれています。
ブルックナーの交響曲への認知度は今とは比べものにならないほどに低かった時代に、この組み合わせで積極的に録音を行ったDecca(おそらくはビクトール・オロフ)の先見性には感謝せざるを得ません。
60年代にブルックナーを録音したいと申し出たクレンペラーに、「そんな物が売れると思うのか」といって拒否したEMIのレッグとは随分とスタンスが異なります。

しかしながら、カルショーとは対照的にオロフはステレオ録音に関しては無関心だったので、この55年録音がモノラルでしか録音されなかったのは仕方のないことかも知れません。

このクナパーツブッシュの「ロマンティック」は彼のブルックナー演奏の中ではそれほど重要視されない録音なのですが、それは、おそらくはあまりにも真っ当な演奏であることがその原因かもしれません。とりわけ、この国では彼の演奏には何か奇矯なものを求めたがる傾向があるので、そう言う期待を持ってこの録音を聞いてみると見事に肩すかしを食らわされてしまうのです。

クナパーツブッシュがご多分にもれず、この録音でも「レーヴェ改訂版」を使っているのは仕方のない事です。
しかし、分かりづらい師匠の音楽を出来る限り多くの人に理解してもらえるように涙ぐましい努力をしたのがレーヴェでした。そんなレーヴェの願いに応えるかのように、この上もなく自然に、そして分かりやすく聞きやすい音楽に仕上げているクナパーツブッシュの演奏を聞いていると、彼の改訂版の使用は確信犯ではなかったのかと思ってしまいます。

ですから、ここでは「異形のクナパーツブッシュ」を求めてはいけません。

しかし、そのかわりとして、この時代にこの組み合わせでなければ聞けなかった、の未だ田舎オケだった時代のウィーンフィルの素朴で美しい響きが堪能できます。そして不思議なことに、この組み合わせ以外では、何故かこの素朴な田舎オケの響きは出てこないのです。
おそらく、余り五月蠅いことも言わず、リハーサルも適当に済ませて、後はオケの自発性を優先しながらも全体のコントロールは絶対に誤らないという姿勢がこの響きをもたらしているのでしょう。
当然の事ながら、その背景には本番では絶対に振り間違えないという己の高い指揮技術への自負があります。

それから、このセッション録音の中でおそらくは時間が余ったのでしょう。
最終日にワーグナーの「ジークフリート牧歌」も録音されています。

カルショーの著書を読んでいると、セッション録音はある一定の時間を拘束して行うものなので、予定よりも早く録音が仕上がってしまうと、その余った時間で別の作品を録音することがよくあったようです。
そして、オロフは本音ではワーグナーがあまり好きではなかったようですから、この選曲はクナパーツブッシュとウィーンフィルの合意の元で選ばれたのかもしれません。

クナパーツブッシュの「ジークフリート牧歌」と言えば1962年のミュンヘンフィルとの録音が一般的です。しかし、クナパーツブッシュとウィーンフィルとの組み合わせならではの優しさと安らぎに満ちた響きはまた異なった魅力があります。
他の指揮者と較べれば、じっくりと腰を落ち着けたテンポで演奏しているのは同じなのですが、その遅いテンポは作品の誇大化としてではなく、落ち着きにつつまれた慈愛のようなものを描き出すことに貢献しています。

当然の事ながら、昨今のブルックナーやワーグナーの演奏から見れば古色蒼然たる演奏なのでしょうが、たまにはその様な古き良き時代の響きに身を浸してみるのもいいのではないでしょうか。
それから言うまでもないことですが、モノラル録音とは言ってもこの時代のDeccaによる正規録音ですから、音質的には何の不満もありません。

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