チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
エーリヒ・クライバー指揮 NBC交響楽団 1948年1月3日録音
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [1.Andante sostenuto - Moderato con anima]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [2.Andantino in modo di Canzone]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [3.Scherzo. Pizzicato ostinato.]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [4.]Finale. Allegro con fuoco
絶望と希望の間で揺れ動く切なさ
今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。
まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。
両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)
チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。
この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。
チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。
それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
私がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。
聞いていて圧倒的に面白いことは否定しようがない。
さて、これは色々な意味で興味をかきたてられる録音であり、演奏です。
まずは録音からです。
聞いてもらえば分かるように、頭の部分が少しくぐもった感じで始まるので、まあ48年と言う時代相応のクオリティだな、と思うのですが、ほんの数秒で一枚壁が取れたようにクリアになります。その音質はモノラル録音完成時のクオリティと言われても不思議に思わないほどなのですが、第1楽章の後半からおかしなしゃべり声が聞こえてきます。
何じゃこりゃ・・・と思うのですが、それが結構長くしゃべり続けています。おまけに、その後から別の音楽が流れてくる場面もあります。
また、第2楽章ではひっきりなしにノイズが付きまといます。
つまりは、録音のクオリティが非常に不安定なのです。
第1楽章に混ざりこんでいるしゃべり声は雰囲気としては別のラジオ番組が混信しているように聞こえますから、この元音源はラジオ放送をエアチェックしたものではないかと想像されます。
しかし、そうだとすれば、これを録音した人物はかなりの凄腕ということになります。いったいどれほどの機材をそろえれば、当時のラジオ放送からこれだけのクオリティで録音できるのか想像がつきません。
次に演奏なのですが、これがもう「これぞライブ!」という一回限りの気迫に満ちたものになっています。
エーリッヒといえば直進性に富んだすっきりとした造形というのが通り相場なのですが、ここではしつこいほどに細かい表情づけを行っています。さらに、ここぞという場面に来るとあざといまでにテンポを上げて聞き手を煽り立てます。
特に、第1楽章のコーダに突入してから一気にアクセルを踏み込んだようにテンポを上げていく場面の効果は絶大で、聴衆から一斉に盛大な拍手が巻き起こったほどです。
NBC交響楽団のラジオ放送は聴衆を入れて行われたのですが、放送の支障にならないように、遅刻による途中入場はおろか、演奏中の咳さえも禁止されていました。それだけに、この第1楽章終了時の拍手は異例と言わざるを得ません。
また、続く第2楽章の入念なまでの歌いまわしは、エーリッヒの特徴の一つだと思うのですが、ここまでしつこいのは珍しいかもしれません。ベートーベンの第9の第3楽章でもフレーズとフレーズのつなぎ目が自然に感じられるように処理することで抒情性を高めていたのですが、ここまでしつこくはありませんでした。
そして、第3楽章の強靭なピッチカートで驀進して様子はムラヴィンスキーとレニングラードフィルを彷彿とさせます。もっとも、そっちのほうがあとの時代の録音なのですが(^^;。
そして、最終楽章でも、第1楽章のコーダほどではないですが、ここでもフィナーレは煽りに煽っています。
つまりは、ここでのエーリッヒは柄にもなく燃えに燃えているのです。そして、それゆえにこの録音をエーリッヒの名盤と評価する向きもあるのですが、冷静に考えれば全体の形が歪に変形していることは否定できないのは明らかですし、そういういびつな音楽というのはエーリッヒが求めるるものではなかったでしょうから、これを名盤といわれて自分を代表する演奏のように言われれば、彼はきっと同意はしなかったでしょう。
このあたりが、受けてなんぼのポピュラー音楽とは違うクラシック音楽というものの厄介さでしょうか。
ただし、録音の不安定さや奇怪さはあるものの、聞いていて圧倒的に面白いことは否定しようがありません。
よせられたコメント
2017-06-25:Can Beetho
- ラジオ放送をエアチェックしたものではないか、という想像が真であれば、数え切れないほどアップしていただいているユングさんのコレクションの中でもなかなか珍しい部類に入るのでしょう。そしてそれを一般向けに販売してしまうレコード会社の度胸もなかなかのものになります。
録音の問題を度外視してもこの演奏の評価は星7つどまりかと思います。
と言っても、エーリッヒ・クライバーは、「カルロスの父」などではなく、カルロスよりも高く評価している私です。
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