モーツァルト:証聖者の荘厳な晩課 K339
カイルベルト指揮 ケルン放送交響楽団&合唱団 (S)アグネス・ギーベル 他 1956年1月16日録音
Mozart:証聖者の荘厳な晩課 K339 「Dixit Dominus」
Mozart:証聖者の荘厳な晩課 K339 「Confitebor」
Mozart:証聖者の荘厳な晩課 K339 「Beatus vir」
Mozart:証聖者の荘厳な晩課 K339 「Laudate pueri」
Mozart:証聖者の荘厳な晩課 K339 「Laudate Dominum」
Mozart:証聖者の荘厳な晩課 K339 「Magnificat」
モーツァルトのこのような楽曲を知らないものは、モーツァルトを知らない
モーツァルトの教会音楽は基本的にはすべてザルツブルグ時代の作品です。
それは、ザルツブルグの領主である大司教に仕えている身にとっては何よりも優先すべき「お仕事」だったからです。ただ、この「お仕事」はモーツァルトにとってはかなり不自由なものだったようです。
彼は手紙の中でこんなことを書いています。
「私どもの教会音楽はイタリアのそれとは大いに異なっているばかりか、いっそうそれがつよまり・・・もっとも荘厳なミサですら、大司教御自身がじきじきにとりおこないますときには、一番長くてさえ45分以上にわたってはならないのです。」
宗教行事としてのミサは音楽会ではありませんか。音楽以外にいろいろな祈りや修道士による聖歌がさしはさまりますから、「一番長くてさえ45分以上にわたってはならない」という制約は、音楽がキリエからアニュス・デイまでをすべて含んだ規模の大きなものであっても30分程度におさめることが求められます。
この制約が、モーツァルトにとってはこの上もなく「不自由」だったのです。
ただ、誤解のないように付け加えておきますが、「大司教御自身がじきじきにとりおこないますときには、一番長くてさえ45分以上にわたってはならない」というのは、決して大司教の「怠惰」に起因するものではないということです。
当時のザルツブルグ大司教であったコロレードは典型的な18世紀型の知識人であり、啓蒙時代にふさわしい厳格さと思慮深さを持ち合わせた自分物だったようです。彼が45分を超えないと厳命したのは、いたずらに華美に流れる風潮を戒めたのが本心だったようです。
しかし、モーツァルトはそのような「不自由さ」を抱えながらも、黙々と職務に励みます。
このヴェスペレは通常の「挽課」のためではなく、特定の聖人の祝日のために作曲されたものですが、やはり、普通に演奏すれば30分前後に収まります。私は詳しくは分からないのですが、単純なグレゴリオ聖歌を使って晩課をとりおこなうよりも短く終えることができるそうです。
しかし、「不自由さ」は時に「芸術」においては欠くべからざるものとなることがあります。時には、いや、往々にして、何の制約もない「自由」よりも、様々なしがらみにまとわりつかれた「不自由」は、偉大な芸術を生み出します。
合唱が主体で独唱者が活躍することもなく、コロレード好みの質素な雰囲気で音楽が流れていくなかで、突如、「主よたたえまつれ(Laudate Dominum)」でソプラノが歌い始めます。
おおっ、その歌声のなんと美しいことか!!
おそらく、モーツァルトが書いたもっとも美しい声楽の一つでしょう。そして、私にとってはこれだけで十分です。おそらく、この「美」こそは疑いもなく「不自由さ」がもたらした恩寵でしょう。
あの偉大なアインシュタインはこの歌のことを「たぐいのない響きの魔力と、いっさいの教会的なものに無頓着な表現の詩情とを持つもの」と表し、「モーツァルトのこのような楽曲を知らないものは、モーツァルトを知らない」とまで言い切っています。
そして、モーツァルトは、この歌声によって、彼に課せられたいっさいの不自由をかなぐり捨てます。おそらくは、この「いっさいの教会的なものに無頓着な表現」は、彼の内面におけるコロレードへの決別宣言であったはずです。
その意味で、この作品がザルツブルグ時代における最後の教会音楽となったのは実に納得のいく話です。
やがて彼はコロレードと決定的に対立して、ウィーンへと旅立っていくのです。
アグネス・ギーベルを聞くべき録音
この録音はライブ録音のようなのですが、会場のざわめきみたいなものが全く聞こえません。ということは、セッション録音なのかなとも思うのですが、それにしては録音データが1月16日だけなので、雰囲気としては一発録りみたいです。もしかしたら、放送用の音源として録音したのかもしれません。
何しろ、録音はモノラルなのですが、同じ年にセッションで録音したエロイカやブル9よりも音質は優秀です。この時代の録音だと、モノラルかステレオかというのはあまり大きな差ではないようです。
さて演奏の方なのですが、これはオペラ指揮者としてのカイルベルトの本領が発揮されているようで、教会音楽というよりはオペラのように聞こえます。響きも重厚で、かつロマン的な濃厚さにあふれていて、これもまた、カイルベルトの特徴です。
カイルベルトという人は、交響曲などを演奏するときのコンサート指揮者としては職人的な律儀さが前面に出るのですが、オペラになるとロマン的な濃厚さが前に出てきます。それは、このような教会音楽でも基本は同じようです。
しかし、この録音で聞くべきは、ソプラノのアグネス・ギーベルでしょう。
この人は、まさに宗教音楽のスペシャリストともいうべき人で、殆どビブラートをかけないクリスタルのような透明感に満ちた歌声は実に魅力的です。
彼女が第5曲の「Laudate Dominum」で「Laudate Dominum omnes gentes」と歌い出したとき、もう何もいらないと思いました。
カイルベルトには申し訳ないですが、この録音はアグネス・ギーベルのものです。
アグネス・ギーベル(ソプラノ)
クリスタ・ルートヴィヒ(メゾ・ソプラノ)
リヒャルト・ホルム(テノール)
ペーター・ロート=エーラング(バス)
ケルン放送交響楽団&合唱団
よせられたコメント
2014-06-13:ariaga
- カイルベルト盤は初めて知りました。
古きよき時代の演奏ですね。
全体的におっとりとした感じで聴いて降りましたが最後ノマニフイカトはとってもいきいきした唱わせ方をしているのに感心しました。
モーツアルティアンとしてカイルベルト盤を聴かせて頂き有難うございました。
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