クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93

パウル・ファン・ケンペン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年6月1日~2日録音



Beethoven:Symphony No.8 in F, Op.93 [1.Allegro vivace e con brio]

Beethoven:Symphony No.8 in F, Op.93 [2.Allegretto scherzando]

Beethoven:Symphony No.8 in F, Op.93 [3.Tempo di Menuetto]

Beethoven:Symphony No.8 in F, Op.93 [4.Allegro vivace]


谷間に咲く花、なんて言わないでください。

初期の1番・2番をのぞけば、もっとも影が薄いのがこの8番の交響曲です。どうも大曲にはさまれると分が悪いようで、4番の交響曲にもにたようなことがいえます。

 しかし、4番の方は、カルロス・クライバーによるすばらしい演奏によって、その真価が多くの人に知られるようになりました。それだけが原因とは思いませんが、最近ではけっこうな人気曲になっています。

 たしかに、第一楽章の瞑想的な序奏部分から、第1主題が一気にはじけ出すところなど、もっと早くから人気が出ても不思議でない華やかな要素をもっています。

 それに比べると、8番は地味なだけにますます影の薄さが目立ちます。

 おまけに、交響曲の世界で8番という数字は、大曲、人気曲が多い数字です。

 マーラーの8番は「千人の交響曲」というとんでもない大編成の曲です。
 ブルックナーの8番についてはなんの説明もいりません。
 シューベルトやドヴォルザークの8番は、ともに大変な人気曲です。

 8番という数字は野球にたとえれば、3番、4番バッターに匹敵するようなスター選手が並んでいます。そんな中で、ベートーベンの8番はその番号通りの8番バッターです。これで守備位置がライトだったら最低です。

 しかし、ユング君の見るところ、彼は「8番、ライト」ではなく、守備の要であるショートかセカンドを守っているようです。
 確かに、野球チーム「ベートーベン」を代表するスター選手ではありませんが、玄人をうならせる渋いプレーを確実にこなす「いぶし銀」の選手であることは間違いありません。

 急に話がシビアになりますが、この作品の真価は、リズム動機による交響曲の構築という命題に対する、もう一つの解答だと言う点にあります。
 もちろん、第1の解答は7番の交響曲ですが、この8番もそれに劣らぬすばらしい解答となっています。ただし、7番がこの上もなく華やかな解答だったのに対して、8番は分かる人にしか分からないと言う玄人好みの作品になっているところに、両者の違いがあります。

 そして、「スター指揮者」と呼ばれるような人よりは、いわゆる「玄人好みの指揮者」の方が、この曲ですばらしい演奏を聞かせてくれると言うのも興味深い事実です。
 そして、そう言う人の演奏でこの8番を聞くと、決してこの曲が「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、疑いもなく後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーであることに気づかせてくれます

モノラル録音への再評価


何も今さらこんな古い録音を引っ張り出してこなくてもいいだろう、と言う声が聞こえてきそうです。
それに、ケンペンって誰?ケンペの間違いじゃないの、と言う声も聞こえてきそうです。


  1. パウル・ファン・ケンペン:1893年5月16日 - 1955年12月8日(オランダ生まれのドイツの指揮者)

  2. ルドルフ・ケンペ:1910年6月14日~1976年5月12日(ドイツの指揮者)



ともにドイツで活躍した指揮者ですが、年代的には二回りくらい違います。そして、ケンペンは早く亡くなったというイメージがあったのですが、こうしてみるとケンペも意外なほどに若くして亡くなっていることに気づいて驚きました。
60代半ばでなくなってしまうと言うのは、指揮者の業界では間違いなく「早逝」の部類にはいります。

ケンペンはオランダ生まれなのですが、何故か活動の拠点をドイツに置き、ナチス政権下での活動が徒となって戦後は1949年まで演奏活動禁止の処分を受けます。さらにはドイツ国内ではその処分が1953年まで継続されましたので、まさにこれからという時期に亡くなってしまったと言うことになります。
結果として残された録音は全てモノラルで、且つ数も少ないので「ケンペンって誰?ケンペの間違いじゃないの」と言うことになってしまうのです。

と言うことで、「何もそんな過去の人の古いモノラル録音を引っ張り出してこなくてもいいでしょう」と言うことになってしまうのです。
実際、私もそう感じていたので、今までほとんど紹介もしてこなかったのです。

しかし、この数ヶ月、モノラル録音の再生というテーマに取り組んでいて、その中でケンペンのベートーベン録音を聞き直す機会があったのです。そして、昔聞いたときは何となくぼけた録音だと思っていたのが大間違いで、53年録音の7番や8番だけでなく51年録音のエロイカでさえもかなりの優秀録音であることに気づかされたのです。

録音はフィリップスなのですが、可もなく不可もない(不可になることも多かった(^^;)ステレオ録音時代のフィリップスとは別人のような好録音です。
ちなみに、モノラル録音の再生に関わる問題はこちらの方で少しふれていますので、興味のある方はご覧ください。

Christopher Parker(2)~エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調 作品38

自分も同じ愚を犯していたのであまり偉そうなことは言えないのですが、ステレオ再生を前提とした2チャンネルシステムでモノラル録音を十全に再生するのは難しいのです。そして、この事に気づいたおかげで、最近はますます古い録音の世界に舞い戻っているのです。
そして、これが一番困った話なのですが、そうやってそれなりのクオリティでモノラル録音が再生できるようになってくると、演奏の印象も随分と変わってくるのです。

出所ははっきりしないのですが、50年代の初頭には、ケンペンのベートーベンはフルトヴェングラーよりも凄いと言われていたという話が出ていたそうです。それをはじめて聞いたときは何をぼけたことを言っているのだと思ったのですが、こうして聞き直してみるとそれほどぼけた話ではないことに気づかされるのです。

もちろん、ケンペンとフルトヴェングラーでは音楽の方向性が違います。
ケンペンの音楽は「剛毅」という言葉が一番似合います。その美質が一番よく出ているのがベートーベンの7番でしょう。最初の2つの楽章はまさに「正当派」という言葉がピッタリ来る演奏なのですが、第3楽章にはいるとやや遅めのテンポで押し切っていきます。そして、一見すると剛毅な直線性で造形しているように見えながら、微妙にアクセルとブレーキを調整しながらクライマックスに向けたドラマを演出しているのが分かります。

それは、エロイカにおいても同様で、最終楽章のコーダに突入していく前で少しずつ息をひそめるように身を小さくしていき、そして、吐ききったところで大きく息を吸い込むように間をとってから、一気にコーダに突入していきます。
ですから、表面的にはザッハリヒカイトな音楽のように見えてそう言う時代の流れに迎合した音楽とは本質的に異なるものです。

それはまた、谷間に咲く花と言われることもある8番にもあてはまります。何となくひっそりとした作品と思われがちですが、譜面面を見れば第1楽章などは延々とフォルテ記号が続く異形の姿をしています。
それは疑いもなく「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーなのです。そして、その事をこの上もなく見事な形でケンペンが示してくれています。

フルトヴェングラーよりも凄いかどうかはひとまず脇におくとしても、両者は並べて論じるに値する存在であったことだけは確かです。

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