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        <title>Yung Site logo</title>
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        <title>ヘンリー・パーセル:ヴィオールのための幻想曲集(Henry Purcell:Fantasies For Viols)&gt;&gt;&gt;スコラ・カントゥルム・バジリエンシス・ヴィオール属合奏団:1954年4月29日~5月3日録音(Gambenconsortder Schola Cantorum Basiliensis:Recorded on April 29-May 3,1954)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5924</link>
        <description>&lt;h3&gt;こんなことを書いていましたね。&lt;/h3&gt;&lt;blockquote&gt;私には、ヘンデルやヴィヴァルディ、パーセルなどのバロック時代の、それもとりわけ彼らの器楽作品について一つずつ取り上げてその内容を詳しく紹介する能力はありません。しかしながら、そう言う作品を次々と聞いていると、そのどれもが人の耳には心地よく響くことだけは保障が出来ます。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;
とはいえ、ぼちぼちと一つずつ取り上げて紹介していく必要があるでしょう。まずは、手始めはパーセルです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イギリスは長く音楽の「消費国」でした。&lt;br /&gt;
そんなイギリスの事を皮肉って「ヘンリー・パーセルの死から、エドワード・エルガーが登場するまでの約200年間、イギリスには世界的な大作曲家が現れなかった」と言われたものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまりは、そういう言い方をされるほどに、パーセルというのはイギリスにおいて大きな存在だったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヘンリー・パーセル（Henry Purcell, 1659?1695）は、イギリス・バロック音楽を代表する最大の作曲家であり、「英国のオルフェウス（Orpheus Britannicus）」と称えられた天才でした。そして、36歳という短命でありながら、王室、教会、劇場のために多岐にわたる傑作を残し、後世のエルガーやブリテンに至るまでイギリス音楽史に計り知れない影響を与えた存在でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんなパーセルが21歳の頃に集中して作曲したとされるのが「ヴィオールのための幻想曲集」でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時のイギリスはチャールズ2世の王政復古に伴い、フランスやイタリアの新しい音楽スタイルであるヴァイオリン属の台頭、通奏低音を伴うソナタ形式などに流入していた時期でした。&lt;br /&gt;
これに対し、ヴィオールは多声ポリフォニーを追求する「古風な内省的音楽」でした。&lt;br /&gt;
パーセルはこの時代遅れになりつつあった伝統様式をあえて取り上げ、極めて密度の高い対位法作品群を生み出したのです。&lt;br /&gt;
それは、イギリス・ルネサンスから続く伝統的なコンソート音楽の歴史における一つの到達点であり、同時に「事実上の終止符」を打つ作品となりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この曲集は、3声から7声までの多彩な編成で構成されています。&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;3声の幻想曲全3曲&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	声部数が少ない分、対位法の透明度が高く、洗練された掛け合いが際立つ。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;4声の幻想曲全9曲&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	曲集の中核。1680年の6月から8月にかけて集中的に書かれた。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;5声の幻想曲1曲&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「一音のインノミナテ (Upon One Note)」として知られる奇想の傑作。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;その他のコンソート&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	6声・7声のインノミナテ、イン・ノミネなどトマス・タリス以来の「In Nomine」主題を用いた伝統的ポリフォニー。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「一音のインノミナテ」とは聞きなれない用語です。AIさんに聞いてみると、こういうことだそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;blockquote&gt;5声の幻想曲では、第4声部（テナー）が曲を通じてずっと「C（ド）」の音を全音符で伸ばし続けるという厳密な制約が課されています。&lt;br /&gt;
その周りを他の4つの声部が縦横無尽に複雑なポリフォニーを展開し、全く飽きさせない色彩豊かな和声を生み出すという、パーセルの圧倒的な技法とユーモアが横溢した作品です。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;
だそうです・・・。</description>
    </item>
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        <title>ホルスト：セント・ポール組曲(Gustav Holst:St. Paul's Suite, Op.29 No.2)&gt;&gt;&gt;マルコム・サージェント指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1965年1月4日~5日録音(Sir Malcolm Sargent:Royal Philharmonic Orchestra Recorded on January 4-5, 1965)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5923</link>
        <description>&lt;h3&gt;生徒想いの「音楽の先生」&lt;/h3&gt;この作品は、ホルストの教師としての愛情と、作曲家としての創意工夫が詰まった作品だと言えます。&lt;br /&gt;
ホルストは1905年から没年の1934年まで、ロンドンのセント・ポール女学院で音楽主任を務めていました。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1913年、学校に新しい音楽棟が完成すると、多忙なホルストのために防音完備の専用個室が提供されました。彼はこの配慮に深く感激し、学校のオーケストラのためにこの組曲を書き上げました。&lt;br /&gt;
平日は教師として多忙だったため、主に休日や休暇を利用してこの部屋で執筆されました。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1楽章：ジグ (Jig)&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	イギリスの伝統舞踊をベースに、6/8拍子と9/8拍子が頻繁に入れ替わる変則的なリズムが特徴です。&lt;br /&gt;
	 活気あるユニゾンの主題で始まり、2つの旋律が対照的に現れ、最後はスピードを上げて爽快に締めくくります。 &lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第2楽章：オスティナート (Ostinato)&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「オスティナート（一定の音型の反復）」の名の通り、第2ヴァイオリンが奏でる「ミ・レ・ド・レ」という8分音符のパッセージが全編を通して鳴り続けます。&lt;br /&gt;
	その反復の上で、第1ヴァイオリンやヴィオラのソロが自由に、どこか懐かしい旋律を歌います。 &lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第3楽章：インターメッツォ (Intermezzo)&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	ピチカートの伴奏に乗って、ソロ・ヴァイオリンがオリエンタルで神秘的な旋律を奏でます。&lt;br /&gt;
	ゆったりとした Andante con moto ですが、中間部では一転して激しく情熱的な舞曲風に変わります。最後はカルテットのように静かに消えていきます。 &lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第4楽章：終曲（ダーガソン）(Finale)&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	16世紀の舞曲「ダーガソン」の旋律が延々と繰り返される中、突如として超有名曲「グリーンスリーブス」が重なって現れます。&lt;br /&gt;
	ダーガソンは6/8拍子、グリーンスリーブスは3/4拍子で進むため、異なるリズムが複雑に絡み合う高度な構成美を楽しめます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ホルストは、管楽器の生徒たちも一緒に演奏できるよう、後に木管楽器を追加した編成も用意しました。&lt;br /&gt;
まさに生徒想いの「音楽の先生」らしい配慮ですね</description>
    </item>
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        <title>モーツァルト:交響曲第40番ト短調 K.550(Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550)&gt;&gt;&gt;エーリッヒ・クライバー指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1949年4月録音(Erich Kleiber:London Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1949)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5922</link>
        <description>&lt;h3&gt;これもまた､交響曲史上の奇跡でしょうか｡&lt;/h3&gt;モｰツァルトはお金に困っていました｡1778年のモｰツァルトは､どうしようもないほどお金に困っていました｡&lt;br /&gt;
1788年という年はモｰツァルトにとっては｢フィガロの結婚｣｢ドン･ジョヴァンニ｣を完成させた年ですから､作曲家としての活動がピｰクにあった時期だと言えます｡ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました｡&lt;br /&gt;
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか､彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが､どうもモｰツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして､この困窮の中でモｰツァルトはフリｰメｰソンの仲間であり裕福な商人であったブｰホベルクに何度も借金の手紙を書いています｡&lt;br /&gt;
余談ですが､モｰツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて､ブｰホベルクが工面した金額は総計で1500フロｰリン程度になります｡当時は1000フロｰリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です｡さらに余談になりますが､このお金はモｰツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています｡コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です｡&lt;br /&gt;
そして､真偽に関しては諸説がありますが､この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し､そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています｡&lt;br /&gt;
それが､いわゆる､後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
完成された日付を調べると､39番が6月26日､40番が7月25日､そして41番｢ジュピタｰ｣が8月10日となっています｡つまり､わずか2ヶ月の間にモｰツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります｡&lt;br /&gt;
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが､それ以上に信じがたい事は､スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです｡&lt;br /&gt;
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし､40番の｢疾走する哀しみ｣も唯一無二のものです｡そして最も驚くべき事は､この41番｢ジュピタｰ｣の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです｡&lt;br /&gt;
40番という傑作を完成させたあと､そのわずか2週間後にこのジュピタｰを完成させたなど､とても人間のなし得る業とは思えません｡とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません｡&lt;br /&gt;
モｰツァルトという人はある作品に没頭していると､それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています｡おそらくは､39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう｡&lt;br /&gt;
我々凡人には想像もできないようなことではありますが｡</description>
    </item>
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        <title>ベｰトｰベン:グレトリーの歌劇「焼き尽くすわが心」の主題による8つの変奏曲 WoO 72(Beethoven:8 Variations on the Romance Un fievre brulante from Gretry's Richard Coeur-de-lion, WoO 72)&gt;&gt;&gt;(P)アルフレッド・ブレンデル 1958年&amp;1960年録音(Alfred Brendel:Recorded on 1958 &amp; 1960)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5921</link>
        <description>&lt;h3&gt;ベートーベンのピアノ変奏曲&lt;/h3&gt;ベートーベンは若い頃を中心に数多くの「ピアノのための変奏曲」を作曲しているのですが、その後も折に触れてこの形式によるピアノ曲を残しています。その中でも、とりわけ重要であり、しかしながら最後まで聞き通すにはかなりの忍耐を強いられるのが「ディアベリ変奏曲」でしょう。&lt;br /&gt;
しかしながら、あれはベートーベンの「ピアノのための変奏曲」の中においてみればモンスター的に異形なる存在であって、その大部分は当時の聴衆に人気のあったオペラなどの一節をテーマにしたものが大部分でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「変奏」とは一般的には「ある旋律のリズム、拍子、旋律、調子、和声などを変えたり、さまざまな装飾を付けるなどして変化を付けること」とされています。しかし、ベートーベンの「変奏曲」というジャンルにおける探求を跡づけていくと、「変化をつける」などと言う範疇に留まらないことに気づかされます。&lt;br /&gt;
いや、確かに最初は、オペラなどから拝借した旋律を面白おかしく変化させて聴く人の耳を楽しませる所からスタートしています。しかしながら、その到達点である「ディアベリ変奏曲」を聴くとき、そこには面白おかしく変化をつけて聴く人の耳を楽しませるなどという姿勢は吹き飛んでいます。&lt;br /&gt;
それでは、そこでベートーベンは何をしようとしたのかといえば、それは主題が内包する可能性を徹底的に汲み尽くすことでした。&lt;br /&gt;
よく知られているように、ディアベリによって示された「テーマ」は実に単純で陳腐なもののように見えました。しかしながら、外面的には「陳腐で単純」に見えたテーマの中に豊かな可能性をかぎつけたのがベートーベンの天才でした。&lt;br /&gt;
そのテーマが単純であるがゆえに、それを様々な音楽的スタイルの中においてみることが可能であり、そのスタイルによってはディアベリのテーマはほとんど姿を消しているように見えながらも、それもまた主題の可能性を最大限に追求した結果であるような音楽になっているのです。&lt;br /&gt;
そして、その最後の到達点と若い頃の作品を並べてみれば、ベートーベンという音楽家がその生涯においてどれほど長い距離を歩いたかが分かるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベートーベンにとって「ピアノ・ソナタ」という形式は常に実験の場であったのですが、「ピアノのための変奏曲」はそれ以上に実験的な場だったのかも知れません。そして、その実験的性格ゆえに、例えば「ハ短調変奏曲」と呼ばれることもある中期の作品などには作品番号を与えなかったのかも知れません。&lt;br /&gt;
そう考えれば、ベートーベンのこのジャンルにおける歩みを辿ってみることも意味あることなのかも知れません。&lt;br /&gt;
&lt;h4&gt;ベｰトｰベン:グレトリーの歌劇「焼き尽くすわが心」の主題による8つの変奏曲 WoO 72&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
主題となったのは、「グレトリーの歌劇第1幕で歌われるロマンス「燃える心（Une fievre brulante）」です。「熱病のような恋心」を歌った、非常に情熱的でありながら気品のあるメロディです。&lt;br /&gt;
当時、このアリアはヨーロッパ中で爆発的に流行しており、モーツァルトや他の作曲家たちも好んで変奏曲の題材にしていました。ベートーヴェンもその流行を捉え、自らの独創的な変奏技法を注ぎ込みました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;主題&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	シンプルですが、付点リズムとスタッカートが効果的に使われており、内面に秘めた情熱を感じさせる旋律です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1~第3変奏&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	16分音符の細かな動きや、音域を広く使ったアルペジオが登場します。主題の骨組みを維持しながら、指の技巧を存分に見せる変奏です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第4変奏&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	左右の手が交差する（ハンド・クロッシング）技法が使われ、視覚的にも聴覚的にも華やかな効果を生んでいます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第5変奏（短調）&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	ハ短調に転じます。ベートーヴェン特有の「ハ短調（ハ短調の情熱）」が顔を出し、悲劇的で重厚な響きへと一変します。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第7変奏&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	再び長調に戻り、軽やかなリズムと装飾が戻ってきます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第8変奏&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	最終変奏は拡大され、コーダ（終結部）へと繋がります。&lt;br /&gt;
	ここでは単なる変奏に留まらず、主題の断片を使いながらテンポを変化させ、即興的なファンタジーのような広がりを見せた後、輝かしく曲を閉じます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じ主題を用いたモーツァルトの変奏曲（K. 460）と比較されることが多いですが、ベートーヴェンには「力強い推進力」と「シンフォニックな響き」があります。&lt;br /&gt;
低音域を効果的に使い、ピアノ一台でオーケストラのような響きを追求しています。穏やかな変奏と、突然現れる激しいパッセージの対比が、後の「中期ベートーヴェン」を予感させます。</description>
    </item>
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        <title>J.S.バッハ:カンタータ第51番「すべての地にて歓呼して神を迎えよ」BWV.51(J.S.Bach:Jauchzet Gott in allen Landen, BWV 51)&gt;&gt;&gt;カール・ミュンヒンガー指揮 (S)シュザンヌ・ダンコ (Trp)Paolo Longinotti (Cemb)Germaine Vaucher-Clerc シュトゥットガルト室内管弦楽団 1953年録音(Karl Munchinger:(S)Suzanne Danco (Trp)Paolo Longinotti (Cemb)Germaine Vaucher-Clerc Stuttgarter Kammerorchester Recorded on 1953)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5920</link>
        <description>&lt;h3&gt;ずば抜けた華やかさと圧倒的な技巧&lt;/h3&gt;J.S.バッハのカンタータ全集の中でも、ずば抜けた華やかさと圧倒的な技巧で異彩を放つ作品です。&lt;br /&gt;
バッハが遺した約200曲の教会カンタータの中で唯一「ソプラノ独唱とトランペット」のために書かれた作品です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自筆譜の表紙には「三位一体節後第15日曜、ならびにあらゆる機会に（et in ogni tempo）」と書き添えられており、特定の礼拝日に限らず広く演奏できるようバッハ自身が意図していました。&lt;br /&gt;
全5楽章で構成され、ソプラノのコロラトゥーラ（超絶的な装飾的旋律）とトランペットの華麗なファンファーレが拮抗するように展開します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1楽章アリア (Vivace)&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「すべての地にて歓呼して神を迎えよ」ハ長調（C-dur）のまばゆい響きの中、トランペットのファンファーレとソプラノの急速な16分音符が競い合います。&lt;br /&gt;
	協奏曲の第一楽章を思わせる圧倒的な推進力と歓喜に満ちた冒頭曲です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第2楽章レチタティーヴォ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「われは御堂に向かいて祈り」前半は厳かな弦の伴奏に乗った自由な朗唱、後半は通奏低音の上で優美に歌うアリオーソ（Andante）となり、神の恵みへの感謝を静かに掘り下げます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第3楽章アリア (Expressivo)&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「至高なる者よ、その御恵みを」ハ短調（c-moll）の3/8拍子。通奏低音のバッソ・コンティニュオだけを伴奏に、ソプラノが深い祈りと内省的な感情を美しく歌い上げます。&lt;br /&gt;
	第1楽章との対比が鮮やかです。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第4楽章コラール (Choral)&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「賛美と誉れと栄光あれ」讃美歌「いざ造り主を賛美せよ」の旋律をソプラノが朗々と歌う傍らで、2本のヴァイオリンが16分音符の流麗な対位法を織りなします。トランペットはお休みです。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第5楽章フィナーレ (Alleluja)「アレルヤ」&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第4楽章から途切れなく（あるいはそのまま）続く、急速な2/4拍子の「アレルヤ」フガート。&lt;br /&gt;
	再びトランペットが加わり、ソプラノとの息をのむようなアクロバティックな掛け合いを経て、絢爛豪華なクライマックスを迎えます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;</description>
    </item>
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        <title>チャイコフスキー:交響曲第4番へ短調, Op.36(Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36)&gt;&gt;&gt;エーリッヒ・クライバー指揮 パリ音楽院管弦楽団 1949年6月録音(Erich Kleiber:Paris Conservatoire Orchestra Recorded on July 1949)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5919</link>
        <description>&lt;h3&gt;絶望と希望の間で揺れ動く切なさ&lt;/h3&gt;今さら言うまでもないことですが､チャイコフスキｰの交響曲は基本的には私小説です｡それ故に､彼の人生における最大のタｰニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず一つ目のタｰニングポイントは､フォン･メック夫人との出会いです｡&lt;br /&gt;
もう一つは､アントニｰナ･イヴァノヴナ･ミリュコｰヴァなる女性との不幸きわまる結婚です｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両方ともあまりにも有名なエピソｰドですから詳しくはふれませんが､この二つの出来事はチャイコフスキｰの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう｡&lt;br /&gt;
そして､その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です｡(この時期に作曲されたもう一つの大作が｢エフゲニｰ･オネｰギン｣です)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チャイコフスキｰの特徴を一言で言えば､絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが､そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが､このタｰニングポイントの時期です｡初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して､この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります｡そしてその変化が､印象の薄かった初期作品の限界をうち破って､チャイコフスキｰらしい独自の世界を生み出していくことにつながります｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チャイコフスキｰはいわゆる｢五人組｣に対して｢西欧派｣と呼ばれることがあって､両者は対立関係にあったように言われます｡しかし､この転換点以降の作品を聞いてみれば､両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます｡&lt;br /&gt;
例えば､第1楽章を特徴づける｢運命の動機｣は､明らかに合理主義だけでは解決できない､ロシアならではなの響きです｡それ故に､これを｢宿命の動機｣と呼ぶ人もいます｡西欧の｢運命｣は､ロシアでは｢宿命｣となるのです｡&lt;br /&gt;
第2楽章のいびつな舞曲､いらだちと焦燥に満ちた第3楽章､そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!&lt;br /&gt;
これを同時期のブラｰムスの交響曲と比べてみれば､チャイコフスキｰのたっている地点はブラｰムスよりは｢五人組｣の方に近いことは誰でも納得するでしょう｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それから､これはあまりふれられませんが､チャイコフスキｰの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています｡&lt;br /&gt;
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは､その後一転して反動化していきます｡解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で､社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです｡&lt;br /&gt;
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て､一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です｡&lt;br /&gt;
私がチャイコフスキｰの作品から一貫して感じ取る｢切なさ｣は､その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか｡</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5918">
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        <dc:date>2026-08-07T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <title>チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調, Op.74「悲愴」(Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 &quot;Pathetique&quot;)&gt;&gt;&gt;エーリヒ・クライバー指揮 パリ音楽院管弦楽団 1953年10月録音(Erich Kleiber:Paris Conservatoire Orchestra Recorded on October, 1953)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5918</link>
        <description>&lt;h3&gt;私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。&lt;/h3&gt;　チャイコフスキーの後期の交響曲は全て「標題音楽」であって「絶対音楽」ではないとよく言われます。それは、根底に何らかの文学的なプログラムがあって、それに従って作曲されたというわけです。&lt;br /&gt;
　もちろん、このプログラムに関してはチャイコフスキー自身もいろいろなところでふれていますし、４番のようにパトロンであるメック夫人に対して懇切丁寧にそれを解説しているものもあります。&lt;br /&gt;
　しかし６番に関しては「プログラムはあることはあるが、公表することは希望しない」と語っています。弟のモデストも、この６番のプログラムに関する問い合わせに「彼はその秘密を墓場に持っていってしまった。」と語っていますから、あれこれの詮索は無意味なように思うのですが、いろんな人が想像をたくましくしてあれこれと語っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ただ、いつも思うのですが、何のプログラムも存在しない、純粋な音響の運動体でしかないような音楽などと言うのは存在するのでしょうか。いわゆる「前衛」という愚かな試みの中には存在するのでしょうが、私はああいう存在は「音楽」の名に値しないものだと信じています。人の心の琴線にふれてくるような、音楽としての最低限の資質を維持しているもののなかで、何のプログラムも存在しないと言うような作品は存在するのでしょうか。&lt;br /&gt;
　例えば、ブラームスの交響曲をとりあげて、あれを「標題音楽」だと言う人はいないでしょう。では、あの作品は何のプログラムも存在しない純粋で絶対的な音響の運動体なのでしょうか？私は音楽を聞くことによって何らかのイメージや感情が呼び覚まされるのは、それらの作品の根底に潜むプログラムに触発されるからだと思うのですがいかがなものでしょうか。&lt;br /&gt;
　もちろんここで言っているプログラムというのは「何らかの物語」があって、それを音でなぞっているというようなレベルの話ではありません。時々いますね。「ここは小川のせせらぎをあらわしているんですよ。次のところは田舎に着いたうれしい感情の表現ですね。」というお気楽モードの解説が・・・（＾＾；（Ｒ．シュトラウスの一連の交響詩みたいな、そういうレベルでの優れものはあることにはありますが。あれはあれで凄いです！！！）&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　私は、チャイコフスキーは創作にかかわって他の人よりは「正直」だっただけではないのかと思います。ただ、この６番のプログラムは極めて私小説的なものでした。それ故に彼は公表することを望まなかったのだと思います。&lt;br /&gt;
　「今度の交響曲にはプログラムはあるが、それは謎であるべきもので、想像する人に任せよう。このプログラムは全く主観的なものだ。私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。」&lt;br /&gt;
　チャイコフスキーのこの言葉に、「悲愴」のすべてが語られていると思います。 </description>
    </item>
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        <dc:date>2026-08-05T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <title>ハイドン:弦楽四重奏曲第72番 ハ長調, Op.74, No.1, Hob.3:72(Haydn:String Quartet No.72 in C major, Op.74, No.1, Hob.3:72)&gt;&gt;&gt;プロ・アルテ弦楽四重奏団:1937年11月15日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on November 15, 1937)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5917</link>
        <description>&lt;h3&gt;弦楽四重奏曲の道&lt;/h3&gt;&lt;h4&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲「第1アポーニー四重奏曲」, Op.71&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
一般的に「アポーニー四重奏曲」は「第1アポーニー四重奏曲」と「第2アポーニー四重奏曲」に分かれていますが、もともとは6曲から曲集でした。二つに分かれているのは3曲ずつ2集に分かれて出版されたからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ハイドンは最初のイギリス旅行からウィーンに戻ると新作の弦楽四重奏曲の作曲に着手しています。最初のロンドン公演で「第2トスト四重奏曲」がザロモン・コンサートで好評だったからと思われます。&lt;br /&gt;
ただし、それが興行主であるザロモンによる依頼だったのか、ハイドン自身の発意によるものだったかは不明です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに、ザロモン・コンサートではおよそ800人の聴衆を前に演奏されたと言われています。&lt;br /&gt;
それは、それまでの限られた貴族や友人を想定した音楽ではなく、公のホールで多くの聴衆を前提とした音楽になる必要がありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのために、今までのように複雑な和声や動機労作を駆使するのではなく、より簡潔で明確なコントラスト持ち、合わせてオーケストラを連想させるような響きを持たせる必要がありました。&lt;br /&gt;
また、第1楽章には短い序奏がつけられているのですが、それはまずは多くの聴衆の耳を惹きつける狙いがあったのでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、アポーニー四重奏曲と呼ばれるのは、この曲集がアントン・アポーニー伯爵に献呈されたからでした。&lt;br /&gt;
アポーニー伯爵は大変な音楽愛好家で自らもヴァイオリンを弾き、しばしな弦楽四重奏曲も演奏した人物だったようです。&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第69番 Op.71-1 変ロ長調, Hob.III:69&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第1楽章はすべての楽器で変ロ長調の終止形が強奏されたあとに第1主題が呈示されます。第2楽章はアダージョの三部形式です。メヌエットの第3楽章に続く終楽章はヴィヴァーチェのソナタ形式で、最後は静かに音が弱められてPPで終わります。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第70番 Op.71-2 ニ長調, Hob.III:70&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	4小節のアダージョの序奏に続いてアレグロのオクターブ跳躍が特徴的な第1主題が呈示されます。第2楽章は第1ヴァイオリンが静かな和音伴奏の上で主題を歌う歌アダージョの三部形式です。そして、メヌエットの第3楽章をはさんで終楽章はアレグレットの三部形式となっています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第71番 Op.71-3 変ホ長調, Hob.III:71&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	変ホ長調の主和音が強奏された後に弾むような第1主題が呈示されます。第2楽章はアンダンテ・コン・モートの変奏曲形式です。第3楽章はメヌエット楽章で、トリオのアウフタクトのリズムが特徴的です。&lt;br /&gt;
	終楽章は3部形式のヴィヴァーチェで、主題が原型通り再現されるとフェルマータで半終止し、コーダがフガート風に展開されて締めくくられます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;h4&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲「第2アポーニー四重奏曲」, Op.74&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第72番 Op.74-1 ハ長調, Hob.III:72&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	属音から主音に解決する簡単な序奏に続いて半音階的に変化する第1主題が呈示されます。この曲集に特徴的なソナタ形式の第1楽章です。続く第2楽章のソナタ形式で優美な第1主題が印象的です。そして、メヌエット楽章にに続いてソナタ形式のフィナーレで締めくくられます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第73番 Op.74-2 ヘ長調, Hob.III:73&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	8小節の序奏に続いて、その序奏動機から導かれた第1主題が軽快な伴奏にのって提示されます。第2楽章はアンダンテ・グラツィオーソの変奏曲形式です。そして、メヌエット楽章に続いて終楽章はプレストのソナタ形式で、第1主題はアウフタクトから始まる軽やかな音楽です。、&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第74番 Op.74-3 ト短調「騎士」, Hob.III:74&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第1楽章の前打音がつけられた力強い旋律や第4楽章の躍動的な第1主題が馬が駆け足する様子を連想させることから、「騎士（Rider / Reiter）」という愛称で親しまれています。&lt;br /&gt;
	第1楽章は序奏風の冒頭主題にが奏された後に第1主題が呈示されます。力強く劇的な開始が特徴です。第2楽章はラルゴ・アッサイの三部形式で深く内省的な緩徐楽章です。第3楽章はメヌエット楽章ですが、通常のメヌエットより速めの指定で、軽快さを持っています。終楽章はエネルギッシュで疾走感あふれる音楽です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;h4&gt;弦楽四重奏曲の道&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
貴族の館において「音楽」というものは部屋の装飾のようなものであったようです。言うまでもなく、何の装飾も施されていない殺風景な部屋に賓客を招くなどと言うことがあり得ないことです。ですから、賓客を招く場に音楽もまた必要不可欠のものでした。&lt;br /&gt;
しかし、装飾はあくまでも装飾であって、あまり自己主張をして表にしゃしゃり出てこられては困ります。ですから、そう言う時代における音楽は基本的に「ディヴェルティメント」だったといえます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、ここで一つ問題が発生します。&lt;br /&gt;
部屋の装飾は貧弱なものよりはある程度の豪華さがあった方が見栄えが良いように、音楽もまたある程度の華やかさがあった方が良いと言うことになります。つまりはある程度の楽団員を常に雇用していて自前の管弦楽団を持っている方が良いと言うことになります。&lt;br /&gt;
しかし、それはある程度の領地を持っていてそれなりの収入が確保できる上級貴族ならば可能であっても、そこまでの領地を持たない中小の貴族にとってはそう言う楽団を保持し、維持することは不可能でした。&lt;br /&gt;
もちろん、特別に重要な式典などであれば臨時に管弦楽団を編成することもあったでしょうが、それを日常的に維持していけるのは、後のハイドンの雇い主になるエステルハージ侯のような一握りの大貴族に限られていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、そう言う問題を解決するために、少人数の演奏家でも演奏が可能な「室内楽」というものへの需要が発生します。しかしながら、現在では室内楽と言えば「弦楽四重奏曲」に代表されるようないささか取っつきにくい小難しい音楽を想像してしまうのですが、この時代における「室内楽」もまた「シンプルであっても上品な部屋の装飾」という役割が期待されていましたから、それもまた基本的には「ディヴェルティメント」でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、管弦楽の場合で言えば、その後様々な紆余曲折を経て最後は「交響曲」という王道に辿り着くのですが、室内楽もまた最後は「弦楽四重奏曲」という王道に辿り着くことになります。そして、この二つの王道の頂点を極めたのがベートーベンであったことに異論を唱える人はいないと思うのですが、当然の事ながらその偉業はベートーベン一人で成し遂げたものではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
交響曲というジャンルで言えばその前にハイドンによる長い開拓の歴史がありました。そして、その事は多くの人に認知されていて、ハイドンには「交響曲の父」という尊称が奉られています。&lt;br /&gt;
「弦楽四重奏曲」に関してもハイドンの貢献を否定する人はいないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら、ハイドンがたどった交響曲や弦楽四重奏曲の道程を実際に自分の耳で実感することはそれほどたやすくはありません。確かに、ハイドンが残した交響曲や弦楽四重奏曲は単独で聞いても素晴らしい作品が目白押しです。しかし、それらの作品の真価もまた彼がたどった長い道程を俯瞰して、その全体像の中に位置づけられてこそより深くその真価がわかるものです。&lt;br /&gt;
私はそのことをゴバーマンによる交響曲の全曲録音を目指したチャレンジに接することで身に染みて思い知らされました。その試みはゴバーマンの突然の死によって未完に終わったのですが、それでも彼が残した数多くの録音によってハイドンがたどった交響曲の道の全体像が少しは見えてくるようになったからです。&lt;br /&gt;
つまりは、ハイドンの交響曲というのは個々の作品への評価も重要なのですが、真に評価すべきはその総体としての「交響曲の道」なのです。&lt;br /&gt;
そして、そのことは弦楽四重奏曲においても同様なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらく、ハイドンの初期や中期の弦楽四重奏曲を次々と聞かされればうんざりする人もいるでしょう。しかし、それを我慢して聞き続けてくれることでハイドンの「弦楽四重奏曲の道」が少しずつ見えてきたならば、そういう初期・中期作品の魅力を感じ取っていただけるでしょう。そして、彼の業績はそういう一つの様式にチャレンジし続けた総体としてとらえてこそ、ハイドンの姿が本当に理解できるのではないかと思うのです。</description>
    </item>
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        <title>メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ第1番 変ロ長調, Op.45(Mendelssohn:Cello Sonata No.1, Op.45)&gt;&gt;&gt;(Cell)ルートヴィヒ・ヘルシャー:(P)ハンス・アルトマン 1959年発行(Ludwig Hoelscher:(P)Hans Altmann　Published in 1959)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5916</link>
        <description>&lt;h3&gt;ちょっぴり切ない抒情性&lt;/h3&gt;このソナタは、メンデルスゾーンの4歳下の弟であり、銀行家、そして優れたアマチュア・チェロ奏者でもあったパウル・メンデルスゾーンのために書かれました。&lt;br /&gt;
メンデルスゾーン自身が卓越したピアニストであったため、チェロの朗々とした旋律を支えるピアノ・パートには、非常に華やかで高度なテクニックが要求されるのが特徴です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1楽章：Allegro vivace&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	伝統的なソナタ形式。メンデルスゾーンにしては珍しく、冒頭から半音階を多用したやや陰りのある、&lt;br /&gt;
	内に情熱を秘めた響きで始まります。その後はチェロとピアノが激しく、かつ流麗に掛け合いながらダイナミックに展開します。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第2楽章：Andante&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	緩徐楽章の位置づけですが、メンデルスゾーン特有の「妖精の音楽」を思わせる、軽やかでスケルツォ的な性格が強いのが魅力です。&lt;br /&gt;
	ピッツィカートの使い方が印象的で、中間部のト長調では温かみのあるメロディが流れます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第3楽章：Allegro assai&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	変則的なソナタ形式（ロンド形式に近い）のフィナーレ。最初はそっと静かに始まりますが、展開部に向けて感情が大きく高潮していきます。&lt;br /&gt;
	最後は激しく終わるのではなく、再び静けさを取り戻しながら余韻を残して優美に締めくくられます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後年に書かれた華やかで色彩豊かな「第2番 ニ長調」に比べると、この第1番はどこか内省的で、ドイツ・ロマン派らしいちょっぴり切ない抒情性が深く刻まれています。</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5915">
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        <dc:date>2026-08-01T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <title>ディーリアス：別れの歌(Delius:Songs of Farewell)&gt;&gt;&gt;マルコム・サージェント指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 ロイヤル・コーラル・ソサエティ 1964年4月22日~23日録音(Sir Malcolm Sargent:Royal Philharmonic Orchestra Royal Choral Society Recorded on April 22, 1964)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5915</link>
        <description>&lt;h3&gt;合唱音楽における到達点の一つ&lt;/h3&gt;晩年のディーリアスが失明と全身麻痺に苦しむ中、弟子のエリック・フェンビーの献身的な代筆（口述筆記）によって完成された「不屈の精神」を象徴する作品です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ディーリアスが若き日から愛読していたウォルト・ホイットマンの詩集「草の葉」から選ばれた5つの詩がテキストに使用されています。&lt;br /&gt;
全5曲で構成されており、死を「終わり」ではなく「新たな旅立ち」として捉える神秘的で壮大な世界観が描かれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1曲：過去への回顧&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	&quot;How sweet the silent backward tracings!&quot;（静かに過去を辿るのは、なんと甘美なことか）&lt;br /&gt;
	老境に入った者が、静かにこれまでの人生の歩みを振り返る様子を描いています。冒頭、弦楽器による溜め息のような半音階の導入から始まります。&lt;br /&gt;
	合唱は極めて静かに、夢想的な響きで入ります。ディーリアスの特徴である「移ろう和声」が最も顕著で、まるで霧の中の記憶を辿るような、輪郭のぼやけた美しさが支配します。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第2曲：高所からの展望&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	&quot;I stand as on some mighty eagle's beak&quot;（私は巨大な鷲の嘴の上に立っているかのように）&lt;br /&gt;
	険しい断崖の先に立ち、眼下に広がる荒れ狂う海と、頭上の無限の空を見渡す視覚的な詩です。&lt;br /&gt;
	第1曲の静寂を破り、オーケストラが力強いエネルギーを放ちます。男声合唱と女声合唱が激しく交差（対位法的な動き）し、波のうねりや自然の猛威をダイナミックに表現します。ディーリアスには珍しい、峻厳で男性的な響きが聴きどころです。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第3曲：魂の渡航&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	&quot;Passage to you!&quot;（あなたへの道！）&lt;br /&gt;
	魂が肉体を離れ、神、あるいは宇宙的な「真理」へと向かって航海に出る決意を歌っています。&lt;br /&gt;
	非常に流動的で、前進するリズムが特徴です。「Passage（航路、通過）」という言葉が繰り返され、合唱が波を乗り越えていくような高揚感を作り出します。&lt;br /&gt;
	未知の世界への期待と不安が混ざり合った、神秘的な推進力に満ちた楽章です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第4曲：喜びの航海士&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	&quot;Joy, shipmate, joy!&quot;（喜びよ、友よ、喜びよ！）&lt;br /&gt;
	死を「長い休暇の始まり」や「船出」と捉え、仲間に向かって「ついにその時が来た、喜ぼう」と呼びかける非常に短い詩です。&lt;br /&gt;
	全曲の中で最も明るく、快活なスケルツォ風の音楽です。&lt;br /&gt;
	わずか2分足らずの短い曲ですが、それまでの重厚な響きから一変して、軽やかで歓喜に満ちたファンファーレのような響きが響き渡ります。&lt;br /&gt;
	死を祝祭として描くホイットマンの精神が、ディーリアスの鮮やかな管弦楽法で彩られています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第5曲：終幕と岸辺への別れ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	&quot;Now finale to the shore&quot;（さあ、岸辺に別れを）&lt;br /&gt;
	船が港を離れ、陸地が遠ざかっていく様子。すべてをやり遂げた後の安らかな沈黙へと向かいます。&lt;br /&gt;
	再び第1曲のような回顧的な雰囲気が戻りますが、より透明感が増しています。&lt;br /&gt;
	合唱が「Farewell（さらば）」と繰り返す背後で、オーケストラは夕映えのような残照を描き出します。&lt;br /&gt;
	最後は、合唱が囁くように消え入り、低音弦楽器の長い持続音の中にすべてが溶け込んで終わります。この「消え入るような終止（Morendo）」こそが、ディーリアスが到達した究極の静寂の表現と言えます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ディーリアス特有の「半音階的に移ろう和音」が合唱の厚みと重なり、非常に幻想的で浮遊感のある響きを生み出しています。&lt;br /&gt;
彼は生涯を通じて自然を愛しましたが、この曲でも「海」や「風」といった自然のイメージが、単なる描写を超えて哲学的な深みを持って表現されています。&lt;br /&gt;
文字通りディーリアス自身の人生の終焉を予感させる内容であり、彼の合唱音楽における到達点の一つとされています。</description>
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