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        <title>Blue sky label</title>
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        <title>Yung Site logo</title>
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        <title>エルガー：エニグマ変奏曲, Op.36(Elgar:Variations on an Original Theme for Orchestra, Op.36)&gt;&gt;&gt;マルコム・サージェント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1959年3月3日&amp;11月1日録音(Sir Malcolm Sargent:The Philharmonia Orchestra Recorded on March 3 &amp; November 1, 1959)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5873</link>
        <description>&lt;h3&gt;エルガーの出世作&lt;/h3&gt;エルガｰはこの作品によって成功を勝ち取り､世界的作曲家へと駆け上がっていきました｡&lt;br /&gt;
よく知られていることですが､この作品にはいくつかの謎(エニグマ)が存在しているため､正式名称である｢独奏主題による変奏曲｣よりは｢エニグマ変奏曲｣の方が通りがよくなっています｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず､第1の謎ですが､｢実際に作品では演奏されていないけれども､全曲を通じて沈黙の伴奏の役割を果たしている別の主題が隠されている｡｣というものです｡&lt;br /&gt;
これに関しては､イギリス国家だとか蛍の光だとか､はたまたBACHであるとか諸説が入り乱れています｡&lt;br /&gt;
エルガｰ自身はこの謎に関しては最後まで黙したままだったので､この謎解きは今もって解明されていません｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第2に謎は､各変奏に添えられているイニシャルです｡&lt;br /&gt;
エルガｰは､｢必ずしも音楽家ばかりとは限らないが､私の友人達の特徴を､彼らを愉しませ､自分の愉しみのために､私がこれらの変奏の中にスケッチしたことは事実である｡｣と語っています｡&lt;br /&gt;
こちらの方もエルガｰは何も語っていないのですが､イニシャルはモデルとなった人物のものをそのまま使用しているので､こちらの方は全て明らかになっています｡&lt;br /&gt;
参考までに列記しておきます｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;主題:Andante 4分の4拍子&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏1:C.A.E.→エルガｰの妻､&quot;Caroline Alice Elgar&quot;(キャロライン･アリス･エルガｰ)&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏2:H.D.S-P.→ピアニストの&quot;H.D.Steuart-Powell&quot;(H.D.スチュワｰト=パウエル)｡&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏3: R.B.T.→アマチュア俳優の&quot;R.B.Townshend&quot;(リチャｰド･バクスタｰ･タウンゼント)&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏4:W.M.B.→&quot;William Meath Baker&quot;(ウィリアム･ミｰス･ベイカｰ)&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏5:R.P.A.→&quot;R.P.Arnold&quot;(リチャｰド･ペンロｰズ･アｰノルド&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏6:Ysobe→エルガｰの教え子のヴィオラ奏者&quot;Miss Isabel Fitton&quot;(ミス･イザベル･フィットン)&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏7:Troyte.→建築家の&quot;Arthur Troyte Griffith&quot;(アｰサｰ･トロイト･グリフィス)&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏8:W.N.→&quot;Miss Winifred Norbury&quot;(ウィニフレッド･ノｰペリｰ)｡&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏9:Nimrod→エルガｰの友人の&quot;A.J.Jaeger&quot;&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏10:Intermezzo.; Dorabella.→エルガｰの友人の&quot;Miss Dora Penny&quot;(ドｰラ･ペニ)｡&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏11:G.R.S.→ヘリフォｰド大聖堂のオルガニストである&quot;George R.Sinclarir&quot;(ジョｰジ･ロバｰトソン･シンクレア)とその愛犬のブルドッグである&quot;Dan&quot;(ダン)&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏12:B.G.N.→チェロ奏者､&quot;Basil G.Nevinson&quot;(バｰジル･Ｇ･ネヴィンソン)｡&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏13:Romanza.→エルガｰが作曲中に乗船していた&quot;Lady Mary Trefusis&quot;&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;変奏14:Finale.;E.D.U.→エルガｰ自身の自画像&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
エルガーは独学で作曲を学んだのですが、この曲ではリヒャルト・シュトラウスも絶賛するほどの華やかで緻密なオーケストレーションを披露しています。&lt;br /&gt;
また、単なる変奏曲にとどまらず、個々の友人の話し方、笑い声、あるいは内面的な気品までを音楽で描き出す「音によるポートレート（肖像画）」としての側面を持っています。</description>
    </item>
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        <title>バルトーク:ルーマニア民俗舞曲 Sz.56(Bartok:Romanian Folk Dances, Sz.56)&gt;&gt;&gt;(P)ジェルジ・シャーンドル:1951年1951年9月12日録音(Gyorgy Sandor: Recorded on September 12, 1951)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5872</link>
        <description>&lt;h3&gt;音楽の絵葉書&lt;/h3&gt;「ルーマニア民俗舞」は、バルトークが実際に採集した民謡のメロディをほぼそのまま活かした、非常に親しみやすい作品です。&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1曲：棒踊り (Bot tanc / Jocul cu bata)&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	トランシルヴァニア地方のムレシュで、2人の若者が棒を持って踊る様子から着想を得ました。&lt;br /&gt;
	力強く、堂々とした足取りの旋律です。中音域で奏でられる主題は、リディア旋法（4度音が半音上がった音階）を含み、独特の明るさと開放感があります。&lt;br /&gt;
	ピアノ版ではスタッカートを効かせた左手の伴奏が、地面を踏みしめるステップのような役割を果たします。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第2曲：飾り帯の踊り (Braul)&lt;/strong&gt;「ブラウル」とは、伝統的な衣装の腰帯（飾り帯）を指します。第1曲よりも速いテンポで、非常に軽やかです。音域が少し上がり、優雅でありながらも活発に動き回るような旋律が特徴です。ほとんどが単旋律の動きに近い透明感のある響きで、短いながらも非常に洗練された印象を与えます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第3曲：踏み踊り (Topogo / Pe loc)&lt;/strong&gt;その場（Pe loc）で小さくステップを踏みながら踊る舞曲です。アンダンテ。非常に個性的で、狭い音程範囲（増2度を含む音階）を蛇行するように動く、どこかオリエンタルで神秘的な旋律です。ヴァイオリン版では、この曲をフラジオレットという高音の裏声のような技法で演奏することが多く、その浮遊感のある響きが聴きどころです。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第4曲：角笛の踊り (Bucsumi tanc / Buciumeana)&lt;/strong&gt;カセーユ地方の舞曲で、「ブチュム」と呼ばれるアルプホルンのような長い角笛を吹く羊飼いの音楽が元になっています。ゆったりとした憂いのあるメロディです。バルトークらしい、美しくもどこか寂寥感のある和声が付けられています。全曲の中で最も叙情的で、民俗音楽が持つ「静かな情熱」を感じさせる楽曲です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第5曲：ルーマニア風ポルカ (Roman polka / Poarga Romaneasca)&lt;/strong&gt;急速なテンポで踊られる、活気あふれるポルカです。4分の2拍子ですが、ヘミオラ（2拍子の中に3拍子的要素が混ざる）のようなリズムの遊びがあり、聴き手をドキッとさせる躍動感があります。非常に短い曲ですが、アクセントが強調された打楽器的なピアノの響きが楽しめます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第6曲：速い踊り (Aprozo / Marunｔel)&lt;/strong&gt;実際には2つの異なる速い舞曲が連続して演奏されます（第6曲と第7曲を合わせた構成）。モルト・アレグロ。非常に細かく速いステップを刻みます。曲が進むにつれて熱狂を増し、最後は華やかな盛り上がりを見せて一気に終止します。バルトークのピアノ語法における「力強さ」が凝縮されたフィナーレです。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともとはピアノ独奏曲として書かれましたが、後にバルトーク自身によって管弦楽編も作られました。また、セーケイ編曲によるヴァイオリン版もあります。&lt;br /&gt;
管弦楽版:は楽器の色彩（クラリネットの民族的な音色など）が加わり、より情景が鮮やかに浮かび上がります。ヴァイオリン版は、ヴァイオリニストの技巧や「節回し」によって、民俗楽器フィドルのような生々しい表情が加わります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各曲は短いですが、一つひとつがルーマニアの特定の村の風景を切り取った「音楽の絵葉書」のようでもあります。</description>
    </item>
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        <dc:creator></dc:creator>
        <title>ベｰトｰベン:ディッタースドルフのジングシュピール「赤ずきん」からのアリエッタ「昔々おじいさんが」による13の変奏曲 WoO. 66(Beethoven:13 Variations on the arietta Es war einmal ein alter Mann from Dittersdorf's Das rothe Kappchen, WoO 66)&gt;&gt;&gt;(P)アルフレッド・ブレンデル 1958年&amp;1960年録音(Alfred Brendel:Recorded on 1958 &amp; 1960)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5871</link>
        <description>&lt;h3&gt;ベートーベンのピアノ変奏曲&lt;/h3&gt;ベートーベンは若い頃を中心に数多くの「ピアノのための変奏曲」を作曲しているのですが、その後も折に触れてこの形式によるピアノ曲を残しています。その中でも、とりわけ重要であり、しかしながら最後まで聞き通すにはかなりの忍耐を強いられるのが「ディアベリ変奏曲」でしょう。&lt;br /&gt;
しかしながら、あれはベートーベンの「ピアノのための変奏曲」の中においてみればモンスター的に異形なる存在であって、その大部分は当時の聴衆に人気のあったオペラなどの一節をテーマにしたものが大部分でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「変奏」とは一般的には「ある旋律のリズム、拍子、旋律、調子、和声などを変えたり、さまざまな装飾を付けるなどして変化を付けること」とされています。しかし、ベートーベンの「変奏曲」というジャンルにおける探求を跡づけていくと、「変化をつける」などと言う範疇に留まらないことに気づかされます。&lt;br /&gt;
いや、確かに最初は、オペラなどから拝借した旋律を面白おかしく変化させて聴く人の耳を楽しませる所からスタートしています。しかしながら、その到達点である「ディアベリ変奏曲」を聴くとき、そこには面白おかしく変化をつけて聴く人の耳を楽しませるなどという姿勢は吹き飛んでいます。&lt;br /&gt;
それでは、そこでベートーベンは何をしようとしたのかといえば、それは主題が内包する可能性を徹底的に汲み尽くすことでした。&lt;br /&gt;
よく知られているように、ディアベリによって示された「テーマ」は実に単純で陳腐なもののように見えました。しかしながら、外面的には「陳腐で単純」に見えたテーマの中に豊かな可能性をかぎつけたのがベートーベンの天才でした。&lt;br /&gt;
そのテーマが単純であるがゆえに、それを様々な音楽的スタイルの中においてみることが可能であり、そのスタイルによってはディアベリのテーマはほとんど姿を消しているように見えながらも、それもまた主題の可能性を最大限に追求した結果であるような音楽になっているのです。&lt;br /&gt;
そして、その最後の到達点と若い頃の作品を並べてみれば、ベートーベンという音楽家がその生涯においてどれほど長い距離を歩いたかが分かるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベートーベンにとって「ピアノ・ソナタ」という形式は常に実験の場であったのですが、「ピアノのための変奏曲」はそれ以上に実験的な場だったのかも知れません。そして、その実験的性格ゆえに、例えば「ハ短調変奏曲」と呼ばれることもある中期の作品などには作品番号を与えなかったのかも知れません。&lt;br /&gt;
そう考えれば、ベートーベンのこのジャンルにおける歩みを辿ってみることも意味あることなのかも知れません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;h4&gt;ベｰトｰベン:ディッタースドルフのジングシュピール「赤ずきん」からのアリエッタ「昔々おじいさんが」による13の変奏曲 WoO. 66&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
ベートーヴェンが故郷ボンを離れ、ウィーンへ居を移す直前の瑞々しい感性が溢れる作品です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
変奏曲の主題となったのは、当時ウィーンで絶大な人気を誇った作曲家、カール・ディッタース・フォン・ディッタースドルフの歌劇「赤ずきん、または小さな村の教会（Das rothe Kappchen, oder Mein lieber Anton）」の中のアリエッタです。&lt;br /&gt;
当時のウィーンでは、流行したオペラの旋律を主題にして変奏曲を書くことが、ピアニストとしての実力を誇示し、楽譜を売るための定石でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
13という比較的多い変奏の数は、若きベートーヴェンの尽きることのない即興演奏のアイディアを反映しています。技術的な難易度はそれほど高くありませんが、ピアノという楽器の表現力を隅々まで試すような工夫が凝らされています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;主題（Theme）&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	非常にシンプルで素朴な、民謡風の親しみやすいメロディです。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1~11変奏&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	旋律装飾やリズムの細分化、3連符の多用など、古典派の王道を行く変奏が続きます。右手の華やかなパッセージと左手の伴奏が交互に入れ替わり、対話のような面白さがあります。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第12変奏&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	イ短調へ転じ、全体の雰囲気が一変します。哀愁を帯びた、深い内省的な響きが初期ベートーヴェンの特質を示しています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第13変奏（コーダ）&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	再びイ長調に戻り、最後は速度を上げて華やかに締めくくられます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベートーヴェンが後に確立する「性格変奏曲」への第一歩とも言える要素を孕んでいます。力強い打鍵や繊細なニュアンスの対比に、独自の個性が現れ始めています。</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5870">
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        <dc:date>2026-05-01T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <dc:creator></dc:creator>
        <title>リリ・ブーランジェ：詩篇第24篇「地と、そこに満ちるものは、主のもの」(Boulanger:Psaume 24, La terre appartient a l'Eternel)&gt;&gt;&gt;イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ラムルー管弦楽団 エリーザベト・ブラッスール合唱団 (Br)ピエール・モレ 1958年録音(Igor Markevitch:Orchestre Des Concerts Lamoureux Elisabeth Brasseur (Br)Pierre Mollet Recorded on 1958)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5870</link>
        <description>&lt;h3&gt;圧倒的な肯定のエネルギー&lt;/h3&gt;1916年、彼女が病と戦いながら、第一次世界大戦の激化という緊迫した情勢の中で書き上げられました。&lt;br /&gt;
彼女が遺した3つの詩篇の中でも、最も華やかで力強く、勝利への確信に満ちた作品です。&lt;br /&gt;
「詩篇第129番」や「詩篇第130番」が「苦悩」や「深い淵」を描いているのに対し、この「詩篇第24番」は「栄光の王」の到来を告げる熱狂的な響きが特徴です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この詩篇は、もともとエルサレムの神殿に契約の箱を運び入れる際の「入場歌」としての性質を持っています。&lt;br /&gt;
リリはこのテキストの後半（「門よ、こうべをあげよ」）において、金管楽器を多用した極めて輝かしい音楽を付けました。&lt;br /&gt;
彼女の死を予感させるような他の合唱曲とは対照的に、ここでは「永遠の門が開かれ、神（光）が迎え入れられる」というイメージが、若々しい爆発力をもって描かれています &lt;br /&gt;
わずか4分程度の短い曲ですが、その密度と衝撃力は凄まじいものがあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
冒頭、金管楽器が鮮烈なリズムを刻み、合唱がユニゾンで「La terre appartient a l'Eternel!（地は主のもの！）」と叫ぶように歌い出します。このダイナミズムは、彼女が尊敬したベルリオーズの壮大な宗教曲をも想起させます。&lt;br /&gt;
旋律線には中世の教会旋法や、どこかオリエンタル（東方的）な色彩が混じり合っており、フランス近代音楽らしい洗練と、原始的な力強さが同居しています。&lt;br /&gt;
中間部ではテノール独唱が「誰が主の山に登りうるか」と静かに問いかけます。外向的な合唱部と、内省的な独唱部の対比が見事です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦時下という暗黒の時代にあって、死を目前にした彼女が、絶望（第129番や130番）だけでなく、このような圧倒的な肯定のエネルギーを音楽として結晶させたことに驚かされます。</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5869">
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        <dc:date>2026-04-29T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <dc:creator></dc:creator>
        <title>ハイドン:弦楽四重奏曲第64番 変ホ長調, Op.64, No.6, Hob.3:64(Haydn;String Quartet No.64 in E-flat major, Op.64, No.6 Hob.3:64)&gt;&gt;&gt;プロ・アルテ弦楽四重奏団:1933年12月11日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on December 11, 1933)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5869</link>
        <description>&lt;h3&gt;弦楽四重奏曲の道(ハイドン:弦楽四重奏曲「第2トスト四重奏曲」, Op.64)&lt;/h3&gt;&lt;h4&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲「第2トスト四重奏曲」, Op.64&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
作品64の「第2トスト四重奏曲」には、トストからの依頼があったという記録は残っていません。&lt;br /&gt;
ヨハン・トストというのはずいぶんと面白い人物だったようで、ヴァイオリンを演奏しながら実業家としても活動していて、軍需品の政府納入によって財をなしたようです。そして、ボヘミアなどに織物工場を形成して成功を収めます。そして、エステルハージ家の家事管理人だった「マドモワゼル・ナネッテ」と結婚をします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみにマドモワゼル・ナネッテは、侯爵夫人が亡くなった後に家事全般を取り仕切った女性で、ハイドンは彼女のことを「女主人」と読んでいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「第2トスト四重奏曲」はそんなトストとマドモワゼル・ナネッテが結婚した年に作曲されています。&lt;br /&gt;
その結婚に際して彼らがハイドンに作曲を依頼したという記録は残っていないのですが、この曲集にはトストが限定的なものながら権利を持っていました。&lt;br /&gt;
おそらく、マドモワゼル・ナネッテからの何らかの依頼があったものだと考えられます、と、いうことでこの曲集もまた「トスト四重奏曲」と呼ばれるようになったよりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおこの曲集のややこしいのは作品の並び順です。&lt;br /&gt;
ハイドン全集では、曲順はHob.III:65,68,67,66,64,63という並び方を採用しています。&lt;br /&gt;
初版はハイドンの許諾も得て「ヨハン・トスト氏に献呈 作品65」として出版されていて、Hob.III:65,68,67,66,63,64という順番だったようです。&lt;br /&gt;
それでは、Hob.III:63,64,65,66,67,68という並び方は何なのかというと、ザロモン・コンサートでの演奏譜に基づいて出版されたプレイエル全集版に基づくものだそうです。&lt;br /&gt;
このあたり、本当にややこしい！！&lt;br /&gt;
ここではハイドン全集に倣っておきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第63番 ニ長調「ひばり」 Op.64-5, Hob.III:63&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「ひばり」としてよく知られています。冒頭の雲雀の主題は印象的で、明快なメロディが楽しい音楽です。この第1楽章は変則的なソナタ形式となっています。アダージョ楽章とフィナーレは三部形式でメヌエットは第3楽章におかれています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第64番 変ホ長調 Op.64-6, Hob.III:64&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第1楽章はソナタ形式で、展開部では対位法的な書法が特徴的です。第2楽章は表情豊かな短調の世界が展開されます。メヌエットは第3楽章におかれトリオを二つ持ちます。&lt;br /&gt;
	フィナーレはハイドンにとっては定型とも言うべきプレスト・ロンドで、どこかオーケストラ的な響きになっています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第65番 ハ長調 Op.64-1, Hob.III:65&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	両端楽章がソナタ形式で、緩徐楽章が第3楽章におかれています。この緩徐楽章は変奏曲形式で美しく魅力的です。第2楽章はメヌエット楽章です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第66番 ト長調 Op.64-4, Hob.III:66&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第1楽章はソナタ形式で、第2主題が属短調で開始されるのは初期の手法を思い出させます。第2楽章はメヌエット楽章で、第3楽章のアダージョは三部形式で美しい楽章です。&lt;br /&gt;
	終楽章はノットゥルノ第7番を思い出させるジーグ楽章に基づくソナタ形式です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第67番 変ロ長調 Op.64-3, Hob.III:67&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	両端楽章はソナタ形式で、とりわけ第1楽章は多様な楽想を持っています。第2楽章はアダージョ楽章で三部形式と変奏曲形式が混合したような形式です。第3楽章のメヌエットはリズム的な対比が特徴的です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第68番 ロ短調 Op.64-2, Hob.III:68&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第1楽章はかなり自由な構成によるソナタ形式で、終楽章は舞曲的な雰囲気が支配的なソナタ形式です。第2楽章のアダージョは2主題による変奏曲形式となっています。&lt;br /&gt;
	第3楽章のメヌエットはリズム感の鋭いモティーフを軸として構成されています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;h4&gt;弦楽四重奏曲の道&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
貴族の館において「音楽」というものは部屋の装飾のようなものであったようです。言うまでもなく、何の装飾も施されていない殺風景な部屋に賓客を招くなどと言うことがあり得ないことです。ですから、賓客を招く場に音楽もまた必要不可欠のものでした。&lt;br /&gt;
しかし、装飾はあくまでも装飾であって、あまり自己主張をして表にしゃしゃり出てこられては困ります。ですから、そう言う時代における音楽は基本的に「ディヴェルティメント」だったといえます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、ここで一つ問題が発生します。&lt;br /&gt;
部屋の装飾は貧弱なものよりはある程度の豪華さがあった方が見栄えが良いように、音楽もまたある程度の華やかさがあった方が良いと言うことになります。つまりはある程度の楽団員を常に雇用していて自前の管弦楽団を持っている方が良いと言うことになります。&lt;br /&gt;
しかし、それはある程度の領地を持っていてそれなりの収入が確保できる上級貴族ならば可能であっても、そこまでの領地を持たない中小の貴族にとってはそう言う楽団を保持し、維持することは不可能でした。&lt;br /&gt;
もちろん、特別に重要な式典などであれば臨時に管弦楽団を編成することもあったでしょうが、それを日常的に維持していけるのは、後のハイドンの雇い主になるエステルハージ侯のような一握りの大貴族に限られていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、そう言う問題を解決するために、少人数の演奏家でも演奏が可能な「室内楽」というものへの需要が発生します。しかしながら、現在では室内楽と言えば「弦楽四重奏曲」に代表されるようないささか取っつきにくい小難しい音楽を想像してしまうのですが、この時代における「室内楽」もまた「シンプルであっても上品な部屋の装飾」という役割が期待されていましたから、それもまた基本的には「ディヴェルティメント」でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、管弦楽の場合で言えば、その後様々な紆余曲折を経て最後は「交響曲」という王道に辿り着くのですが、室内楽もまた最後は「弦楽四重奏曲」という王道に辿り着くことになります。そして、この二つの王道の頂点を極めたのがベートーベンであったことに異論を唱える人はいないと思うのですが、当然の事ながらその偉業はベートーベン一人で成し遂げたものではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
交響曲というジャンルで言えばその前にハイドンによる長い開拓の歴史がありました。そして、その事は多くの人に認知されていて、ハイドンには「交響曲の父」という尊称が奉られています。&lt;br /&gt;
「弦楽四重奏曲」に関してもハイドンの貢献を否定する人はいないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら、ハイドンがたどった交響曲や弦楽四重奏曲の道程を実際に自分の耳で実感することはそれほどたやすくはありません。確かに、ハイドンが残した交響曲や弦楽四重奏曲は単独で聞いても素晴らしい作品が目白押しです。しかし、それらの作品の真価もまた彼がたどった長い道程を俯瞰して、その全体像の中に位置づけられてこそより深くその真価がわかるものです。&lt;br /&gt;
私はそのことをゴバーマンによる交響曲の全曲録音を目指したチャレンジに接することで身に染みて思い知らされました。その試みはゴバーマンの突然の死によって未完に終わったのですが、それでも彼が残した数多くの録音によってハイドンがたどった交響曲の道の全体像が少しは見えてくるようになったからです。&lt;br /&gt;
つまりは、ハイドンの交響曲というのは個々の作品への評価も重要なのですが、真に評価すべきはその総体としての「交響曲の道」なのです。&lt;br /&gt;
そして、そのことは弦楽四重奏曲においても同様なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらく、ハイドンの初期や中期の弦楽四重奏曲を次々と聞かされればうんざりする人もいるでしょう。しかし、それを我慢して聞き続けてくれることでハイドンの「弦楽四重奏曲の道」が少しずつ見えてきたならば、そういう初期・中期作品の魅力を感じ取っていただけるでしょう。そして、彼の業績はそういう一つの様式にチャレンジし続けた総体としてとらえてこそ、ハイドンの姿が本当に理解できるのではないかと思うのです。</description>
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        <title>リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調, S.124(Liszt:Piano Concerto No.1 in E flat major S.124)&gt;&gt;&gt;(P)レナード・ペナリオ:ルネ・レイボヴィッツ指揮 ロンドン交響楽団 1963年3月12日~18日録音(Leonard Pennario:(Con)Rene Leibowit London Symphony Orchestra Recorded on March 12-18, 1963)</title>
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        <description>&lt;h3&gt;循環形式によるソナタ形式を初めて完全に実現させた作品&lt;/h3&gt;「ピアノのパガニーニ」を目指したリストなので、ピアノの独奏曲は数多く残していますが、協奏曲となると完成した形で残されているのはわずか2曲です。これを少ないと見るか、それともこんなものと見るかは難しいところですが、作品の認知度という点で言えばかなり落ちることは事実です。&lt;br /&gt;
例えば、ショパンやブラームスもピアノ協奏曲は2曲しか残していませんが認知度は抜群です。&lt;br /&gt;
シューマンは1曲しか残しませんでしたが、認知度ではリストの協奏曲を少し上回る雰囲気です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、実際に聞いてみると、これがなかなかに面白い音楽なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、ハンスリックが「トライアングル協奏曲」と冷笑した第3楽章は、そう言われても仕方がないほどにトライアングルの響きが突出しているのですが、音響的な面白さは確かにあります。&lt;br /&gt;
また、バルトークが「循環形式によるソナタ形式を初めて完全に実現させた作品」と評価したように、決してピアノの名人芸ををひけらかすだけの音楽でもありません。&lt;br /&gt;
そう言われてみれば、冒頭の音型があちこちに姿を現すような雰囲気があるので、ある種のまとまりの良さを感じさせますし、4つの楽章が切れ目無しに演奏されるので、ピアノ独奏を伴った交響詩のようにも聞こえます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、最終楽章の怒濤のクライマックスは、やはり「ピアノのパガニーニ」を目指したリストの真骨頂です。&lt;br /&gt;
聞いて面白いと言うことでは、決して同時代のロマン派のコンチェルト較べても劣っているわけではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;第1楽章:Allegro maestoso&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;第2楽章:Quasi Adagio&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;第3楽章:Allegretto vivace. Allegro animato&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;第4楽章:Allegro marziale animato&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;</description>
    </item>
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        <dc:creator></dc:creator>
        <title>ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲 第14番 変イ長調, Op.105(Dvorak:String Quartet No.14 in A-flat major, Op.105)&gt;&gt;&gt;バリリ四重奏団:1954年録音(Barylli Quartet:Recorded on 1954)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5867</link>
        <description>&lt;h3&gt;故郷チェコへ戻った喜びが凝縮&lt;/h3&gt;弦楽四重奏曲 第14番は、ドヴォルザークが完成させた生涯最後の弦楽四重奏曲です。&lt;br /&gt;
書き始めたの羽生ヨーク滞在時だったのですが第1楽章の途中で筆が止まってしまいます。ホームシックや、多忙な音楽院での仕事が影響したと言われています。&lt;br /&gt;
1895年4月、ドヴォルザークは家族と共にボヘミアへ戻ります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、帰国後しばらくは、庭仕事やハトの飼育を楽しみ、家族との穏やかな時間を優先したため、作曲から離れていました。筆が再び進み始めたのは12月に入ったころでした。&lt;br /&gt;
この曲には、アメリカ時代の「黒人霊歌」や「インディアンの音楽」の影響よりも、「自分のルーツであるボヘミアに戻れた喜び」が強く投影されています。&lt;br /&gt;
これ以降、彼の関心が交響詩やオペラへと移っていったために、弦楽四重奏曲としてはこの作品が最後となったのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1楽章 Adagio ma non troppo - Allegro appassionato&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	チェロから始まる変イ短調の重々しい序奏で幕を開けます。この内省的な雰囲気は、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を彷彿とさせます。&lt;br /&gt;
	一転して明るい変イ長調の「アレグロ・アパッショナート」へ移り、躍動感あふれる第1主題と、3連符のリズムが特徴的な優美な第2主題が提示されます。 &lt;br /&gt;
	展開部ではこれらの主題が緻密に組み合わされ、最後は祝祭的な盛り上がりの中で終わります。 &lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第2楽章 Molto vivace&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	チェコの民俗舞曲「フリアント」のリズムを取り入れた、非常にエネルギッシュなスケルツォです。&lt;br /&gt;
	シンコペーションを多用した力強い主部と、対照的に穏やかでロマンティックな中間部（トリオ）から成ります。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第3楽章 Lento e molto cantabile &lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「歌うように」という指示の通り、極めて美しい旋律が支配する緩徐楽章です。&lt;br /&gt;
	祈るような穏やかな賛歌から始まりますが、途中でチェロの不穏な響きとともに、ワーグナーの影響を感じさせるような半音階的でドラマチックな展開（中間部）を見せます。&lt;br /&gt;
	最後は再び冒頭の安らぎに満ちた旋律が戻り、静かに消え入るように終わります。 &lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第4楽章 Allegro non tanto&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	チェロが突然「うなる」ような短い動機を提示し、一瞬不穏な空気が流れますが、すぐに明るい舞曲風の主題へとはじけます。&lt;br /&gt;
	ボヘミアの活気に満ちたリズム（ポルカなど）と、第1楽章の回想などが巧みに交差する、構成力の高いフィナーレです。&lt;br /&gt;
	最後はドヴォルザークの全弦楽四重奏曲の締めくくりにふさわしい、圧倒的な幸福感と歓喜のコーダ（終結部）で幕を閉じます。 &lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;</description>
    </item>
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        <title>ハイドン:弦楽四重奏曲 変ホ長調, Hob.III:64(Op.64-6)(Haydn:String Quartet in E-flat major, Hob.III:64)&gt;&gt;&gt;ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団:1950年録音(Vienna Concert House Quartet:Recorded on 1950)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5866</link>
        <description>&lt;h3&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲「第2トスト四重奏曲」, Op.64&lt;/h3&gt;作品64の「第2トスト四重奏曲」には、トストからの依頼があったという記録は残っていません。&lt;br /&gt;
ヨハン・トストというのはずいぶんと面白い人物だったようで、ヴァイオリンを演奏しながら実業家としても活動していて、軍需品の政府納入によって財をなしたようです。そして、ボヘミアなどに織物工場を形成して成功を収めます。そして、エステルハージ家の家事管理人だった「マドモワゼル・ナネッテ」と結婚をします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみにマドモワゼル・ナネッテは、侯爵夫人が亡くなった後に家事全般を取り仕切った女性で、ハイドンは彼女のことを「女主人」と読んでいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「第2トスト四重奏曲」はそんなトストとマドモワゼル・ナネッテが結婚した年に作曲されています。&lt;br /&gt;
その結婚に際して彼らがハイドンに作曲を依頼したという記録は残っていないのですが、この曲集にはトストが限定的なものながら権利を持っていました。&lt;br /&gt;
おそらく、マドモワゼル・ナネッテからの何らかの依頼があったものだと考えられます、と、いうことでこの曲集もまた「トスト四重奏曲」と呼ばれるようになったよりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおこの曲集のややこしいのは作品の並び順です。&lt;br /&gt;
ハイドン全集では、曲順はHob.III:65,68,67,66,64,63という並び方を採用しています。&lt;br /&gt;
初版はハイドンの許諾も得て「ヨハン・トスト氏に献呈 作品65」として出版されていて、Hob.III:65,68,67,66,63,64という順番だったようです。&lt;br /&gt;
それでは、Hob.III:63,64,65,66,67,68という並び方は何なのかというと、ザロモン・コンサートでの演奏譜に基づいて出版されたプレイエル全集版に基づくものだそうです。&lt;br /&gt;
このあたり、本当にややこしい！！&lt;br /&gt;
ここではハイドン全集に倣っておきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第63番 ニ長調「ひばり」 Op.64-5, Hob.III:63&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	「ひばり」としてよく知られています。冒頭の雲雀の主題は印象的で、明快なメロディが楽しい音楽です。この第1楽章は変則的なソナタ形式となっています。アダージョ楽章とフィナーレは三部形式でメヌエットは第3楽章におかれています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第64番 変ホ長調 Op.64-6, Hob.III:64&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第1楽章はソナタ形式で、展開部では対位法的な書法が特徴的です。第2楽章は表情豊かな短調の世界が展開されます。メヌエットは第3楽章におかれトリオを二つ持ちます。&lt;br /&gt;
	フィナーレはハイドンにとっては定型とも言うべきプレスト・ロンドで、どこかオーケストラ的な響きになっています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第65番 ハ長調 Op.64-1, Hob.III:65&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	両端楽章がソナタ形式で、緩徐楽章が第3楽章におかれています。この緩徐楽章は変奏曲形式で美しく魅力的です。第2楽章はメヌエット楽章です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第66番 ト長調 Op.64-4, Hob.III:66&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第1楽章はソナタ形式で、第2主題が属短調で開始されるのは初期の手法を思い出させます。第2楽章はメヌエット楽章で、第3楽章のアダージョは三部形式で美しい楽章です。&lt;br /&gt;
	終楽章はノットゥルノ第7番を思い出させるジーグ楽章に基づくソナタ形式です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第67番 変ロ長調 Op.64-3, Hob.III:67&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	両端楽章はソナタ形式で、とりわけ第1楽章は多様な楽想を持っています。第2楽章はアダージョ楽章で三部形式と変奏曲形式が混合したような形式です。第3楽章のメヌエットはリズム的な対比が特徴的です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ハイドン:弦楽四重奏曲第68番 ロ短調 Op.64-2, Hob.III:68&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	第1楽章はかなり自由な構成によるソナタ形式で、終楽章は舞曲的な雰囲気が支配的なソナタ形式です。第2楽章のアダージョは2主題による変奏曲形式となっています。&lt;br /&gt;
	第3楽章のメヌエットはリズム感の鋭いモティーフを軸として構成されています。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5865">
        <dc:format>text/html</dc:format>
        <dc:date>2026-04-21T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <title>ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調, Op.61(Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61)&gt;&gt;&gt;(Vn)ダヴィド・オイストラフ:アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス放送国立管弦楽団 1958年11月8日&amp;10日録音(David Oistrakh:(Con)Andre Cluytens Orchestre national de France Recorded on Novenmber 8&amp;10, 1958)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5865</link>
        <description>&lt;h3&gt;忘却の淵からすくい上げられた作品&lt;/h3&gt;ベートーベンはこのジャンルの作品をこれ一つしか残しませんでした。しかし、そのたった一つの作品が、中期の傑作の森を代表するする堂々たるコンチェルトであることに感謝したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このバイオリン協奏曲は初演当時、かなり冷たい反応と評価を受けています。&lt;br /&gt;
「若干の美しさはあるものの時には前後のつながりが全く断ち切られてしまったり、いくつかの平凡な個所を果てしなく繰り返すだけですぐ飽きてしまう。」&lt;br /&gt;
「ベートーベンがこのような曲を書き続けるならば、聴衆は音楽会に来て疲れて帰るだけである。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全く持って糞味噌なけなされかたです。&lt;br /&gt;
こう言うのを読むと、「評論家」というものの本質は何百年たっても変わらないものだと感心させられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、もう少し詳しく調べてみると、そう言う評価の理由も何となく分かってきます。&lt;br /&gt;
この協奏曲の初演は1806年に、ベートーベン自身の指揮、ヴァイオリンはフランツ・クレメントというヴァイオリニストによって行われました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作品の完成が遅れたために（出来上がったのが初演の前日だったそうな）クレメントはほとんど初見で演奏しなければいけなかったようなのですが、それでも演奏会は大成功をおさめたと伝えられています。&lt;br /&gt;
しかし、この「大成功」には「裏」がありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は、この演奏会では、ヴァイオリン協奏曲の第1楽章が終わった後に、クレメントの自作による「ソナタ」が演奏されたのです。&lt;br /&gt;
今から見れば無茶苦茶なプログラム構成ですが、その無茶草の背景に問題の本質があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのクレメントの「ソナタ」はヴァイオリンの一本の弦だけを使って「主題」が演奏されるという趣向の作品で、その華麗な名人芸に観客は沸いたのでした。&lt;br /&gt;
そして、それと引き替えに、当日の目玉であった協奏曲の方には上で述べたような酷評が投げつけられたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の聴衆が求めたものは、この協奏曲のような「ヴァイオリン独奏付きの交響曲」のような音楽ではなくて、クレメントのソナタのような名人芸を堪能することだったのです。彼らの多くは「深い精神性を宿した芸術」ではなくて、文句なしに楽しめる「エンターテイメント」を求めたいたのです。&lt;br /&gt;
そして、「協奏曲」というジャンルはまさにその様な楽しみを求めて足を運ぶ場だったのですから、そう言う不満が出ても当然でしたし、いわゆる評論家達もその様な一般の人たちの素直な心情を少しばかり難しい言い回しで代弁したのでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それはそうでしょう、例えば今ならば誰かのドームコンサートに出かけて、そこでいきなり弦楽四重奏をバックにお経のような歌が延々と流れれば、それがいかに有り難いお経であってもウンザリするはずです。&lt;br /&gt;
そして、そういう批評のためか、その後この作品はほとんど忘却されてしまい、演奏会で演奏されることもほとんどありませんでした。&lt;br /&gt;
この曲は初演以来、40年ほどの間に数回しか演奏されなかったと言われています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その様な忘却の淵からこの作品をすくい上げたのが、当時13才であった天才ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムでした。&lt;br /&gt;
1844年のイギリスへの演奏旅行でこの作品を取り上げて大成功をおさめ、それがきっかけとなって多くの人にも認められるようになったわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;第一楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ&lt;br /&gt;
	冒頭にティンパニが静かにリズムを刻むのですが、これがこの楽章の形を決めるのは「構築の鬼ベートーベン」としては当然のことでしょう。ただし、当時の聴衆は協奏曲というジャンルにその様なものを求めていなかったことが不幸の始まりでした。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;第二楽章 ラルゲット&lt;br /&gt;
	この自由な変奏曲形式による美しい音楽は当時の聴衆にも受け入れられたと思われます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;第三楽章 ロンド アレグロ&lt;br /&gt;
	力強いリズムに乗って独奏ヴァイオリンと管弦楽が会話を繰り返すのですが、当時の聴衆は「平凡な個所を果てしなく繰り返す」と感じたのかもしれません。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;</description>
    </item>
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        <title>ルーセル:セレナーデ Op.30(Roussel:Serenade in C major, Op.30)&gt;&gt;&gt;パスキエ・トリオ:(Fl)ジャン・ピエール・ランパル (Harp)リリー・ラスキーヌ 1955年2月録音(Pasquier Trio:(Fl)Jean-Pierre Rampal (Harp)Lily Laskine Recorded on February, 1955)</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=5864</link>
        <description>&lt;h3&gt;黄金のバランス&lt;/h3&gt;海軍士官として海で過ごした異色の経歴を持ちます。若くして両親を亡くし、当初は海軍兵学校に入学し、海軍士官としてインドや東南アジアへの航海を経験しました。&lt;br /&gt;
25歳で音楽に専念するために除隊し、スコラ・カントルムでヴァンサン・ダンディに師事しました。&lt;br /&gt;
当初は時代の流れとでもいうのでしょうか、ドビュッシーやラヴェルなどの印象主義的な影響から出発しています。しかし、次第に古典的で引き締まったものへと変わっていきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その背景には彼自身の理知的で規律正しい資質があるとともに、第1次大戦が決定的なターニングポイントとなりました。&lt;br /&gt;
彼は45歳という年齢で志願して戦地に向かい、輸送部隊の将校としてヴェルダンなどの最も激しい戦場を経験しました。その過酷な戦場の姿を前にして印象主義的な「繊細な色彩」や「夢見心地な雰囲気」はあまりに装飾的で享楽的だと感じざるを得ず、もっと強靭で、骨組みがしっかりとした音楽を書かなければならないという使命感に駆られたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1920年代はバロックや古典派のような「簡潔さ」「明晰さ」「形式美」を重視し、現代的な感覚で再構築しようとした「新古典主義」が唱えられるようになるのですが、ルーセルはそういう流れに乗ったのではなく、自らの使命感と職人気質が合致した結果でした。&lt;br /&gt;
ですから、ルーセルを「印象主義」から「新古典主義」へとp転身した作曲家という言い方は、外見的にはその通りであっても、なんだか彼の本意をくみ取れていないような気がするのです。&lt;br /&gt;
戦前のルーセルが「香りを描く詩人」だったとすれば、戦後の彼は「鋼鉄を組み立てる建築家」へと変貌したのです。&lt;br /&gt;
&lt;h4&gt;セレナーデ Op.30&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
この作品の最大の魅力は、その色彩豊かな編成にあります。&lt;br /&gt;
弦楽三重奏にフルートとハープを加えることで、オーケストラのような多彩な響きと室内楽らしい透明感を両立させています。さらに、そう言う音の色彩を大切にしながら、印象主義的な音楽から脱して、音楽全体はしっかりとした対位法で構成されています。&lt;br /&gt;
18世紀のセレナーデの伝統を、20世紀の感性で再構築しているという点では「新古典主義」的な音楽です。&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1楽章 Allegro&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	軽快でリズミカル。&lt;br /&gt;
	ハープのアルペジオに乗ってフルートと弦楽器が快活にダイアローグを交わします。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第2楽章 Andante&lt;/strong&gt; &lt;br /&gt;
	瞑想的で非常に美しい楽章。&lt;br /&gt;
	ルーセル特有の少し「苦み」のある抒情性と、フルートの長い旋律が印象的です。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第3楽章 Presto&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
	祝祭的なフィナーレ。&lt;br /&gt;
	複雑な変拍子が駆使され、ルーセルの真骨頂である「躍動するリズム」を存分に楽しめます。&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
どこか東洋的な雰囲気を感じさせつつ、フランス的なエスプリに富んでおり、大戦間のフランス音楽の「黄金のバランス」を象徴する一曲です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;h4&gt;ルーセル:弦楽三重奏曲, Op.58&lt;/h4&gt;&lt;br /&gt;
「弦楽三重奏曲」は、1937年に作曲されたルーセルの遺作です。&lt;br /&gt;
本来は4楽章構成を予定していたと言われていますが、完成したのは3楽章までです。しかし、その3つの楽章だけで完璧な均衡を保っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一音の無駄もない極めて濃密な対位法で書かれていて、セレナーデ等に見られた華やかな色彩感は影を潜め、音楽の「骨格」そのものの美しさを提示しています。</description>
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